64:今だからできる、お姫様抱っこ
男たちは、マーロウに呼ばれた兵士に回収されていく。
いつの間にか、彼から兵士に連絡が行ったようだ。
王太子を通してなら、残虐すぎる刑罰が実行されることもないだろう。
ホッと一息つきたいが、まだ問題が残っている。
アンジェラに私の正体がバレてしまった件だ。
「あなた今、ブリトニーと言いました? もしかして、ハークス伯爵家のブリトニー……なわけないですわね。あの令嬢なら、見ればすぐにわかるでしょうし」
アンジェラの言葉の端々に、肥満児ブリトニーを見下している様子が感じられる。
私と同じことを思ったのか、リカルドが王女の前に歩み出て口を開いた。
どことなく、不満そうな表情だ。
「彼女は、そのブリトニーですが……何か?」
リカルドがそう言うと同時に、後ろからマーロウがヒョイと私の仮面を取る。
「ブリトニー、そんなにこの仮面が気に入ったのか? 気持ちは嬉しいが、そのまま城の外に出ると悪目立ちしてしまうぞ」
「ええ、そ、そうですね……ぐふっ、ぐふふ」
まさか、アンジェラが怖くて正体を隠すためだったとは言えない。
当の王女は、素顔を晒した私をまじまじと見つめている。
「嘘でしょう? あなた、あのブリトニーなの?」
「ぐ、ぐふふ。お久しぶりです」
「本当の、本当に!?」
「は、はい」
リカルドやノーラ、マーロウ王太子の反応から、私が嘘をついていないのだとわかったのだろう。
アンジェラが、突如私の腕をとった。
「あなたに、お話ししたいことがありますの! 何度も呼び出そうとしたのだけれど、お兄様や北の伯爵に邪魔されて」
「ん……?」
呼び出そうとしていたとは、どういうことだろう?
しかも、王太子やリュゼが私の知らないところで、それを妨害していたらしい。
「とにかく、私と一緒に来なさい!」
強引に腕を引っ張るアンジェラの方へ、私の体は傾ぐ。
「わわっ?」
転ばないように足を踏ん張ろうとして、ヒールが折れていることに気がついた。
(まずい。このままでは、バランスが取れなくなって転ぶ!)
危うく転倒しそうになった私を支えたのは、一番近くに立っていたリカルドだった。
「大丈夫か、ブリトニー」
「ええ、ありがとう、リカルド」
私を支えながら、リカルドはアンジェラの方を向く。
「申し訳ありません、王女殿下。ブリトニーは、少々疲れている様子です。この通り、靴の踵も折れておりますし……後日、きちんとした形で、改めてお会いいただくことはできないでしょうか?」
「そ、そうですわね。男二人を倒した後ですから、休息も必要でしょう。わかりましたわ、後で使いを出します」
「お心遣い、感謝いたします」
男二人を倒した……のくだりで、リカルドがぎょっとした表情で私を見る。
けれど、なんだかんだで、また彼に庇われてしまった。
「王太子殿下、俺はこれから、ブリトニーを滞在先まで送って行きます」
「それがいいな、私は、回収された男たちの事情聴取に付き合うとしよう」
そう告げると、マーロウはアンジェラに厳しい目を向けた。
本来なら、末端貴族の事情聴取に王太子が付き合う必要などない。
自分が主催した催し内での出来事だからという責任もあるが、一番の理由はアンジェラの監視だろう。
彼は、アンジェラの行き過ぎた私的制裁を警戒している。
兄妹だというのに、二人の関係はギスギスしていた。
「ブリトニー、後数日は王都に滞在するのだろう? 良ければ、アンジェラに会うだけでなく、私のところにも来てほしいものだ……というわけで、私からも使いを出して良いだろうか?」
王太子からの誘いも、王女からの誘いも、無下に断ることは難しい。
「はい。勿論です」
そう返事をする私を、リカルドが難しい顔をして見つめている。
「では、俺たちはこれで失礼します」
王太子と王女に一礼したリカルド。
彼は折れたハイヒールを脱いだ方が良いか迷っている私を眺め、そのままでいいと言った。
「でも、歩きにくいし」
「問題ない。少しの間だから我慢しろ」
「えっ……?」
聞き返した瞬間、私の体がふわりと持ち上がる。
リカルドが、私を抱き上げているのだ……!
自分の身に起こった事態を認識した瞬間、顔に血液が集結して熱を持ち始める。
そんな私たちの後ろでは、両手で顔を覆ったノーラが「キャア、お姫様抱っこだわ」と恥ずかしがっていた。
しかし、指の隙間から、パッチリと彼女の目が覗いている……
(ノーラ、丸見えだよ)
呆れつつ友人を見ていると、私を抱き上げたリカルドが歩き出した。
慣れない体勢で揺られた私は、体を支えるため、慌てて手近にあるものに両腕を伸ばす。
そうして、しがみついた後、我に返って後悔した。
私はリカルドの首に両腕を回し、彼に抱きついているような格好になっていたのだ。
リカルドも私の奇行に動転しているようで、顔から首までが真っ赤に染まっている。
「ご、ごめん、リカルド! わ、私……」
「いや、構わない。怖かったら、しがみついておけばいい。その方が安全だろう」
ぎこちない動きで目を泳がせたリカルドは、再び城の外に向けて歩き出す。
そんな彼の後ろから、顔を覆ったままのノーラが「お似合いだわ」とはしゃぎながら付いて来たのだった。












