62:白豚仮面、参上
仮装パーティーも一段落し、私とノーラは一緒に会場を出る。
辺りは暗くなっているので、年頃の令嬢はそろそろ家に帰る時間だ。
まだ話し足りないリカルドとルーカスは、もう少し残るみたいだった。
「それにしても驚いたわ。ブリトニーって、北隣の国の王子とも知り合いだったのね?」
「あの人はリカルドの友達みたい。学園のパーティーで知り合ったのだけれど」
「羨ましいわ。王太子殿下とも仲が良いみたいだし」
「リュゼお兄様つながりで、気にかけてくれているだけだよ」
会場を出て廊下を曲がり、出口へ向かうが、退出者は少ないみたいだ。
私たち二人の他に、時間通りに帰る真面目な令嬢はいなかった。
「ブリトニー、都会のご令嬢って、夜遅くまで遊ぶものなのかしら。あまり残っていても、外聞が悪くなると思うのだけれど」
「ごめん、私もわからないかも。王太子殿下からの手紙にも、リカルドからの手紙にも、そんなことは書いてなかったし」
都会の令嬢には、田舎者に計り知れない何かがあるらしい。
(手紙だけではわからないものだね。リュゼお兄様から都会の流行を調べて来いと言われているし、その辺りの情報も現実を見て仕入れなきゃ)
思いを新たに廊下の角を曲がろうとすると、進行方向から女性の悲鳴と男性の怒声が聞こえて来た。
「ノーラ……今の声、聞いた?」
「ええ、しかも、声がこちらに近づいて来ているわ」
二人で曲がり角から向こうを覗き込むと、三人の人間が言い争いながら歩いているのが見えた。
「お高くとまってるんじゃねえぞ! このクソ生意気な小娘が! ひっく!」
「離しなさいよっ! 私は、この国の王女よ!」
「こんなパッとしない王女なんているかよ、本物の王女様は、もっと美人でおしとやかで華やかなはずだ! このニセモノめ! うえっ、ひっく!」
男性二人は一応貴族であるものの、あまり身分は高くなさそうだ。
そして、彼らが偽物呼ばわりしている王女は、正真正銘本物のアンジェラであった。
この城に顔を出したことのある者や、常連貴族なら、王女の顔を知っているはずだが……二人には判別できないらしい。
(酒に酔っているようだし、冷静な判断ができないのかも)
運悪く、周囲には誰もいない。私たち二人とアンジェラだけだ。
彼らとの距離は少し離れているものの、このままの速度で三人が歩いてくれば鉢合わせてしまう。
「どうしましょう、ブリトニー」
「……うーん」
このままでは、アンジェラが危害を加えられてしまうかもしれない。
助けを呼ぶにしても、人を呼んでいる間に事件が起こりそうな雰囲気である。
けれど、堂々と止めに入り、アンジェラと顔を合わせるのは怖い。
彼女は、私に二年越しの恨みを私に抱いているかもしれないのだ。
(かくなる上は……)
私は懐からゴソゴソと硬く平たい物体を取り出した。
これは、本日の仮装パーティーで使用していた白豚の仮面だ。
マーロウのデザインした仮面は、各自持ち帰って良いとのことだった。
せっかくの王太子殿下の作品を捨てるのも忍びないし、部屋にでも置いておこうかと思い、私は懐にしまいこんでいたのである。
「ノーラ、誰か人を呼んで来てくれる? 私は、時間を稼ぐから」
「わかったわ、急いで人を連れて来る!」
元来た道を駆け出すノーラを見送った私は、白豚の仮面を顔に装着した。
(これなら、正体も何もわからないはず)
参加者は知り合い以外の仮面なんて覚えないだろうし、アンジェラは私が痩せたことを知らない。
大きく深呼吸をし、曲がり角から三人の方へ進む。
「ちょっと、あなたたち、何を揉めているのですか?」












