61:白豚令嬢、気圧される
壁際へ移動後、私たちは仲間内でおしゃべりをする。
「それにしても、ブリトニーとリカルド様って、仲がいいわよね」
リスの仮面を被ったリカルドを見つつ、ノーラが小声で囁いた。
私は、彼女に頷き返す。
「うん。リカルドとは、ずっと文通をしていたし、領地のことで助けてもらうことも多いから」
「そうなのね! 私、二人の仲を応援するわ!」
「えっ? 急に何を言い出すの?」
「ずっと思っていたのだけれど。私、ブリトニーとリカルド様はお似合いだと思うの!」
私は、まじまじとノーラの顔を見た。
彼女の中では、私とリカルドが良い雰囲気に見えるらしい。
ちなみに私たちの過去の婚約の件は、まだ世間に公表されていなかったので、ノーラは何も知らない。
訂正しようと思った私が口を開くと同時に、近くでゴッと硬い音がした。
見ると、リカルドが近くにあった椅子に足をぶつけている。
「大丈夫、リカルド?」
「あ、ああ、問題ない。ちょっとした不注意だ」
耳の赤くなったリカルドは、学園のパーティーで見たような、挙動不審な状態に陥っていた。
そわそわと、落ち着かない様子だ。
「でも、ものすごい音がしたし」
「本当に、気にするな。大丈夫だから!」
挙動不審なリカルドが、今度は何かに躓いてしまったようだ。
「リカルド、危ない!」
支えようとしたが、慣れない高いハイヒールを履いていたせいで、私まで彼の転倒に巻き込まれてしまう。
「ブリトニー!」
幸い、後ろに壁があったので盛大にコケることは免れたが、至近距離にリカルドのリス顔が迫り、彼が私に覆いかぶさるような格好になっている。
「リ、リカルド、あの……」
「す、すすすすすまない! 怪我はないか!?」
「ええ、すぐ後ろに壁があったから。ちょっと重いけど」
仮面越しだが、彼とキスをしたような形になっているし。
見る人が見れば、誤解を招きかねない状態だ。
「き、きゃあ! リカルド様ったら、大胆!」
鳥仮面の目の部分を覆って、ノーラが興奮した声を上げる。
「ち、違っ……これは事故だ!」
さらに耳を赤くしたリカルドが、しどろもどろになって言い訳する。
そんな彼の様子を見て、私まで恥ずかしくなってしまった。
……ものすごく顔が熱い。
(十四歳の男の子にドキドキしてしまうなんて、私、一体どうしてしまったの?)
ずっとブリトニーの体にいたせいか、徐々に私の精神はブリトニーの年齢に引きずられているようだ。
王都に来てからは彼と一緒に行動する機会が増えたので、余計にそうなっているのかもしれない。
(リカルドなんて、子供だと思っていたのに)
ようやく体を離したリカルドは、壁側に倒れていた私を引き起こしてくれる。
そんな私たちに向かって、新たに話しかけてくる人物がいた。
ウサギの仮面を被った、銀髪のすらりとした少年……
(出たー! ルーカス!)
この国には、銀髪を持つ人間はほぼいない。銀髪は北隣りの国の特徴なのである。
私は、少しずれかけた白豚の仮面をきっちり装着し直した。
「お二人は、リカルドとブリトニー嬢ではありませんか?」
リスの仮面を被ったリカルドが、「そうだ」と言いつつ、ルーカスに近づいていく。
彼も相手の正体に気がついているようだ。
「ルーカス、会えて良かった。この仮面の中からでは、探し出せないのではと思っていたんだ」
「ええ、僕も会えてよかったと思います。ブリトニー嬢、またお会いできて光栄です」
「こちらこそ……ぐふふ」
「お可愛らしい仮面ですね、僕としましては仮面の中の方がより魅力的に思えますが」
「あらまあ、お上手ですこと」
この状況下で、ルーカスを避けることは不可能である。
(大丈夫。アンジェラの取り巻きにならなければ、処刑されないはずだから。普通に接していればなんとかなるはず)
主人公メリルや、周囲の害にならない限り、彼によって被害を受けることはないかもしれない。
原作では、アンジェラがメリルを陥れるために、国家を揺るがすような悪事に手を染めた。
だからルーカスまで動いたのであって、そうでなければ一令嬢の行動が、それほど取り沙汰されることもないと思う。
「王子殿下の仮面も、お可愛らしいですよ」
「ご存知ですか? うさぎは、警戒心が強く大人しいようでいて、その実、とても自己主張が強く愛情深い動物なのです」
「博識でいらっしゃいますね、でもその、ちょっと距離が近くないですか?」
ルーカスはぐいぐいと迫って来ていて、私は壁と彼との板挟みになっている。
「そんな、つれないことをおっしゃらないでください。せっかく、こうしてお近づきになれたのに。僕のことは、ルーカスと呼んでいただいて結構です。これから、仲良くしていただけると嬉しいのですが」
「……ええ、そう言っていただけて、光栄ではありますが」
オロオロしていると、彼はさらに一歩私に近づいて来た。
北隣の国の王子には、妙な色気と凄みがある。
(なんなの、この王子は! 本当にリカルドと同年代なの!? 前世の私よりも、そっち方面の経験が豊富そうだけど)
前世でろくに彼氏がいなかった私と比較しても仕方がないのだが、色々と負けた気がした。
「ルーカス、近づきすぎだ。ブリトニーが困っている」
追い詰められた私に助け舟を出してくれたのは、リカルドだ。
「ああ、すみません。ブリトニー嬢は奥ゆかしい、深窓のご令嬢なのですね」
謎めいた笑みを浮かべるルーカスは、今度はノーラに近づくと丁寧に自己紹介をした。
ノーラのほうも、おずおずと彼に挨拶している。
仮面を被っているが、ノーラの動きから、彼女がルーカスをとても意識しているのがわかった。












