55:リズム感ゼロ令嬢とピュア少年
しばらくすると、パーティー開始の挨拶が始まった。
現れたのは、眼鏡をかけた厳格そうな老人だ。リカルド曰く、彼がこの学園の学園長らしい。
いかにも堅苦しい雰囲気のスピーチで、結構長い……
しかも、彼の後にも国関係のお偉いさんの話やら、何かで成果を上げた教授の話やらが延々と続き、生徒達も退屈を隠しきれない様子である。
(どこの世界でも、長話は苦痛だよね)
話す方も、苦労して色々考えてきているのはわかるのだが、正直言って結構辛い。
筋トレでも始めたいくらいだが、他人の目があるので自重する。
かなりの時間が経過した後、ようやく生徒達は解放され、パーティーが始まった。
音楽が流れ、ダンスも開始されている。
楽団の中には、芸術に優れている生徒もちらほらと混じっていた。
中身はだいぶ違うが、日本でいう、学園祭のようなものなのかもしれない。
「ブリトニー、とりあえず一曲踊ってみるか?」
「う、うん……頑張る!」
ダンス教師以外と踊るのは、貴重な機会だ。
私は、気合を入れて頷いた。
(絶対に、リカルドの足を骨折させるわけにはいかない!)
自分で言い出したことなのに、恥ずかしいのだろうか……リカルドが、控えめに片手をこちらへ差し出す。
もちろん、私は彼の手を取った。
リカルドの手は、私の手よりも少し暖かい。
ダンスの輪の中に混じり、教師に言われたことを必死に思い出して手足を動かす。
かかっている曲は三拍子、比較的踊りやすい曲である。
「大丈夫か、ブリトニー? 表情が硬いぞ?」
「へ、平気、だから」
太っている頃に比べれば、格段に動きやすくなっている。
リカルドは本当にダンスが上手いようで、彼の動きに合わせれば、なんとかそれらしい動きをすることができていた。
「……なるほど、お前がダンスを苦手だという理由がわかってきたな」
しばらく踊っていると、不意にリカルドが口を開く。
「え、理由って?」
ステップを間違えないよう、全神経を足に集中させた私は、彼に続きを促す。
「お前は、リズム感がゼロなんだ……!」
「な、なんと! 薄々そう思っていたけど、やっぱりそっちなんだね!」
非常に説得力のある答えが返ってきて、私は納得した。
そう、私には芸術関連の才能が欠如しているのだ。
特に、詩と音楽関連はひどい。
前世でもあまり得意ではなかったが、今世ではさらに下手さが悪化しているような気さえする。
リカルドの言うとおり、ブリトニーのリズム感は、少しの努力ではどうにもならない壊滅的なものだった。
「うう、やっぱり、そうなんだ……」
「だが、動体視力は悪くなさそうだな。今も、俺の動きを見て、咄嗟に合わせているのだろう? 大したものだと思う」
「え、そうなの? 山育ちだし、もともと目は良い方だけど……って、あれ?」
頭をよぎったのは、祖父たちとのブートキャンプだった。
あの過酷なトレーニングで、関係のない部分まで鍛え上げられた気がする。
「ブリトニー、もう少し俺にくっつけ。その方が、リードしやすい」
「ええっ! これ以上くっつくの?」
普段ダンス教師と踊っている時以上に接近するよう言われ、私は思わず声を上げてしまった。
「……そんな反応されると、こっちまで恥ずかしくなるだろうが!」
「だってさ、こうすると、抱きしめ合っているみたいな感じだし……ほらね?」
説得力を増すため、私は指定された距離に近づいて、彼の方へと手を伸ばしてみる。
「お前、わざとか? わざとなのか?」
「何が?」
「いや、いい……一瞬真剣に悩んだ自分が馬鹿らしくなってきた」
話を打ち切ったリカルドは、ぐいと私を抱き寄せてダンスを再開した。
(……もしかして、本気で照れていた?)
耳が真っ赤だが、あまり茶化したら可哀想な気がしたので黙っておく。
リカルドは、ピュアでシャイな良い少年だった。












