48:思春期少年のお悩み(リカルド視点)
ガタゴトと揺れる馬車の中で、猛獣のうなり声のような大音量のイビキが轟く。
四人掛けの馬車の座席に座ったままの俺――リカルドは、眠ることもできず、目の前で気持ちよさそうに横になるブリトニーを眺めていた。
熟睡中の伯爵令嬢は、異性と一緒にいるという自覚がないのか……よだれまで垂らしている。
出会った当初ほどの酷さではないが、やはりブリトニーは令嬢として残念な部類だった。
馬車は、夕日に照らされる青緑色の牧草地を下り、ハークス伯爵家に向かっている。
(情けないな。結局、俺は今回の件で何もできなかった)
一日と経たず事件が解決したのは、ただ単に運が良かっただけだろう。
今回の犯人は、リュゼの両親だ。彼らが、金銭を手に入れるのを焦ったせいか、俺たちが捕えられていた場所は屋敷から近かった。
そのおかげで発見や捕縛も早かったのだろうが、そうでなければ数日間拘束されていたかもしれない。
幼い頃から嗜み、王都で磨きをかけた剣術には自信があったはずなのに……
(誘拐犯相手に、あのザマなんて情けない)
今まで習って来たことは、実戦ではなんの役にも立たなかった。
ブリトニーは、当初思っていたような嫌な令嬢ではないと、今ならはっきりそう言える。
確かに、外見は太っているし、行動も少しがさつだ。異性として見ることはできない。
だが、見た目よりも大人びた言動をするし、領地経営にも前向きな姿勢は評価できた。
何より、性格は悪くない。
以前は見るに耐えない状態だった体型も、近頃は目に見えて改善している様子だ。
そういった意味で、努力を怠らない人物なのだろう。
まあ、もともと努力ができるのに、なぜあのような体つきになってしまったのかは謎だが。
(リュゼから聞いた使用人たちからの虐めや、彼の両親との不和。行き過ぎた伯爵の溺愛……原因はストレスによるものなのかもしれない。あまり追求してやるのは、気の毒だな)
俺は彼女に対し、以前のような嫌悪感は抱かなくなっていた。今は領地経営の同志や、年の近い友人のように思っている。
あの時、ブリトニーとの婚約を進めていてもよかったと思うくらいだ。
下心満載ですり寄ってくる王都の令嬢よりは、デブで大いびきをかく変わり者だが、誠実な彼女の方がよほど良い。
だが、その機会を潰したのは俺自身。今更、どの面を下げて婚約破棄の撤回など告げられよう。
ブリトニーとの将来に関しては、諦めた方が良いだろう。
王都の学園の休暇は、夏の期間全てだ。まだ、あちらに戻るまで時間がある。
その間に、俺は今以上に武術に力を入れようと思った。もう、こんな情けない思いはしたくない。
体の弱い兄に代わって、幼い頃から父と共に領地経営に携わって来た。
通常なら、次男である俺は、家を出て自分で身を立てていかなければならない。
俺自身もそのつもりで、王都で政務に携わったり、騎士になったりするのだと思っていた。
けれど、一年前くらいから、どうにも雲行きが怪しい。
父が、病弱でろくに仕事もできない兄よりも、俺を領地に残したがっているようなそぶりを見せ始めたのだ。
おかげで、兄弟仲は最悪である。
正直言って、伯爵になった兄の補佐になるのは嫌だ。繊細で癇癪持ちの彼に、一日中当たり散らされるのが目に見えている。
(俺には、なんの旨味もない)
けれど、兄一人に今後のアスタール伯爵領を任せるのも不安だった。
リュゼなどは、俺が次期伯爵になれば良いなどと言って、焚きつけてくる。
決断するきっかけになればと思い、リュゼと同じ学園に入ったものの、未だに答えは見つかっていない。
もうそろそろ、身の振り方を本気で考えなければならないというのに、俺は何をやっているのだろう。
リュゼは、伯爵の位を継ぐという。
近所に住んでいる年の近い相手だからだろうか、どうしても彼と自分とを比べてしまった。
その後は、ハークス伯爵領に無事に到着し、夜には伯爵たちも帰還した。
しっかり休むこともできた。
それから、ブリトニーに研究室という商品開発の部屋を案内され、ハークス伯爵家の特産品の新作も紹介される。彼女は、リュゼの補佐として活躍しているようだった。
(ブリトニーに比べて、俺は何もかも中途半端な気がする)
本気でアスタール伯爵家を継ぎたいと思うなら、そのために行動しなければならない。
悶々と悩みながら、俺の夏季休暇は過ぎて行くのだった。












