47:イビキもデカくてごめんなさい
馬車の中へ運ばれた私たちは、ひとまず肩の力を抜いた。外には護衛の兵士がいるので、安心である。
彼らの口ぶりでは、誘拐犯たちはすぐに捕まりそうな雰囲気だった。
「ブリトニー、大丈夫か?」
「ええ、二階から落ちたけれど、本当に怪我はないから平気。厚い脂肪が役立ったのかも」
「そ、そうか……それは、良かった」
返答に困ったらしいリカルドは、少し挙動不審になっていて面白い。
「誘拐されて怖かったけれど、リカルドが一緒だったから心強かったよ」
「いや、俺は何の役にも立っていない。小屋から逃げだせたのも、見張りを倒したのも、全てブリトニーの活躍だ」
そう答えた彼は、どこか落ち込んでいるように見えた。
十三歳の男子に、物語の騎士のような活躍は期待していない。けれど、リカルドにとってはそうではないようだ。
「何もできなかった自分が情けない……が、二人とも無事に助かったのは、本当に良かったと思う」
「リカルドは落ち込んでいるみたいだけど、私はあなたがいてくれて助かったと思っているよ。一人じゃ、心細かったし。縄を切るのにも時間がかかっていたと思うし。だから、ありがとう」
「礼を言うのは、俺の方だ。こうして無事に保護されたのは、お前がいたからだと思う……あのまま捕まっていれば、最悪の場合人質にされることもあり得ただろう」
私を見たリカルドは、そう言って少し微笑んだ。
生真面目でシャイな彼らしからぬ、とても優しい笑みだった。
ちなみに、朝から乗馬の練習をしたり、埃っぽい部屋に閉じ込められたりしていたけれど、彼が馬車の中で私の汗臭さに対する苦情を言うことはなかった。
しばらくすると、犯人たちが全て捕らえられたようで、血相を変えた祖父が馬車の中に顔を出す。
「ブリトニー、リカルド! 大丈夫だったかい?」
ちらりと馬車の外を見ると、地面に伸びた犯人たちが彼の部下に引きずられていくのが見えた。
意識のある者も顔色が悪く、大人しく兵士に従っている。
完全に戦意を喪失した男たちの様子は、まるで屍のようだ。よほど怖い目にあったのだろう。
「お祖父様、私たちは大丈夫です。二人とも無事ですよ」
座席から立ち上がり祖父の方へ向かうと、彼は力一杯私を抱きしめた。
「ああ、ブリトニー! 本当に怪我はないのだね?」
「ええ、無傷です。助けに来てくれて、ありがとうございます」
「儂が不甲斐ないばかりに、大事な孫を辛い目に遭わせてしまった。本当に、申し訳ない」
「いいえ、お祖父様のせいではありません。黒幕は、伯父様と伯母様なので」
「……そうか、やはり」
祖父も、今回の犯人の目星は付いていたようで、普段は優しい顔を微かに歪めている。
彼は、いつの間にか馬車の前に集まっていた兵士たちに告げた。
「ブリトニーは、昔から真っ直ぐな子で……戦しかできない儂にでも、裏表なく接してくれる大事な可愛い孫だ。そんな彼女を傷つけることは、たとえ身内であっても許さない。しかるべき処罰を下す」
祖父の言葉に、兵士たちは重々しく頷く。
「そして、この誘拐事件は全て儂の至らなさが引き起こしたことだ。責任を取り、ハークス伯爵の座は、近々孫のリュゼに渡そうと思う……」
周囲の動揺をよそに、祖父は言葉を続けた。
「若くして伯爵になった儂は、この領地を維持することに大変な苦労をした。だから、なるべく可愛い孫に、この重圧を押し付けたくなかったのだ。だが、ここへ来る途中でリュゼと話し合い、彼になら任せられると考えた。リュゼは儂よりも優れた、出来の良い孫だからな」
リュゼは、なかなか伯爵の座を明け渡してくれない祖父に不満があったようだが、彼は彼なりに孫のことを思って判断していたらしい。
「これからは、儂の代わりに彼に仕えて欲しい。儂はリュゼの補佐に回る」
兵士たちは、黙って頭を下げていた。
伯父と伯母は、すぐにでも犯罪者たちを収容する塔に移されることになった。監視もより厳重になり、彼らにとって厳しい暮らしが待っているだろう。
険しい顔を一転させた祖父は、いつもの顔に戻り私に微笑みかける。
「ブリトニーや、儂やリュゼはまだ用事があるから、先に帰っていておくれ」
「はい、お祖父様」
今は私にできることはないだろうから、その道のプロに任せることにした。
それに、アスタール伯爵家からの長旅後に攫われたリカルドの体力面も心配だ。
きっと、見た目以上に疲れていると思う。
「リカルド、疲れているのなら横になっていいよ。私も、馬車の中ではゆっくりさせてもらうね」
「ああ……」
「イビキがうるさかったらごめんね」
「お前、イビキもかくのか……」
白豚令嬢ゆえに、イビキはうるさいと思う。
うっかり実験室で居眠りをした際、リュゼに指摘され揶揄われた。
しかも、かなり大きな音だと言われている。
「安眠妨害になる音量だったら、遠慮なく起こしてくれていいから」
イビキの原因は、寝ている時に気道が狭まり、空気が通りにくくなることが原因だ。
気道が狭くなると、そこを通る空気の勢いが強くなり、それが喉を震わせて不快な音となる。
太っている人は喉や首にも脂肪がたくさん付いているので、必然的に気道が狭くなりやすいのだ。
引きつった笑みを浮かべたリカルドは、賢明にも黙って私の言葉に頷いた。












