46:祖父が武勇伝を持っていた
ぎこちない動作でリカルドから離れた私は、気を取り直し言葉を続けた。
「本当にごめんなさい、ちょっと無茶しすぎたね。とりあえず、小屋の外に出よう」
「そこに転がっている男は、近くの小屋で取引が行われると言っていた。こいつの仲間がいるかもしれないから、用心して行くぞ」
私は男の懐を探って、武器を没収した。短剣が一本しか出てこなかった……
入り口付近の棚の中からは、奪われたリカルドの武器も見つかった。
「……おい、ブリトニー。お前、剣なんて使えるのか?」
短剣を拝借する私を見たリカルドが、怪訝な顔をしている。
「使えないよ。とりあえず、振り回してみる」
この太った体は隠密行動には不向きだけれど、万が一のことを考え、私はドレスのリボンに短剣の鞘を差してみた。
その後は、二人で一緒に捕らえられていた場所から脱出する。
周囲には、私たちがいたのと同じような、古い木の小屋が数件並んでいた。
離れた場所にハークス伯爵家の馬車を見つけ、思わず歩調を早める。
(まずい、お祖父様がこの場に来ているのかもしれない)
今の伯爵家には、高額な身代金を払える余裕などないのだ。
ただでさえ借金があるというのに、私のせいで出費を増やすわけにはいかない。
「ブリトニー、伯爵は向こうの建物じゃないか? 中に人がたくさんいる」
リカルドが、祖父がいるであろう建物に目星をつけた。たくさんある小屋の中でも、少し大きめの場所だ。
彼と共に、そちらへ向かった私は、窓の外からこっそり中を覗き込む。
「あ、お祖父様……じゃなくて、リュゼお兄様だ。代理で来たのかな?」
「リュゼなら、簡単に金を払ったりしなさそうだが。きっと、お前のことは心配しているだろう」
「そうかなあ。あの人、腹黒いところがあるから、今回も何か考えがあってのことかも」
そんなことを話していると、不意にリュゼがこちらを向いた。
(窓の外だし、今の言葉は聞かれていないよね?)
私とリカルドの無事を確認したであろう彼の口の端が、弧を描くように不敵につり上がる。
敵との会話を途中で切り上げたリュゼが、不意に小屋の外に出て来た。私たちは、敵に見つからないように物陰に身を隠す。
リュゼは、敵を馬車の方へ案内しているようだった。たぶん「金は馬車の中だ」などと言ったのだろう。
ハラハラしながら観察していると、リカルド以外の何者かが強く私の肩を掴んだ。
とっさに声をあげそうになった私の口を、隣のリカルドが塞ぐ。
「ブリトニー、大丈夫。味方が助けに来てくれたみたいだ」
落ち着いて振り返ると、屋敷で働いている護衛の兵士が二人立っていた。
「リュゼ様から、お二人をお迎えするように命令を受けました」
「お兄様は……?」
「大丈夫です、この一帯は、我々が包囲しましたから。敵が全員捕えられるのも、時間の問題かと思います」
やはり、従兄は事前準備をして来たらしい。
「敵もほぼ炙り出して、あとはお二人を見つけるだけだったのです。しかし、小屋の数が多く……自力で脱出していただけて助かりました。あちらに別の馬車を用意しておりますので、どうぞお休みください」
「お祖父様は、屋敷にいるの?」
「いいえ、今回の指揮を取っておられるのは、ハークス伯爵様ご本人ですよ」
「ええっ?」
それを聞いた私は、思わずリカルドと顔を見合わせた。
(てっきり、リュゼお兄様が指示を出していると思ったのだけれど)
彼も、祖父の人となりは知っているらしく、このことを意外に思っているみたいだ。
「私共も、温厚な伯爵様の行動力には驚いておりますが。勤務歴の長い年配の護衛の話では、若い頃の伯爵様は、この地を外国から守り抜いた英雄だったのだとか……戦に関しては非常に優秀な方だったようです」
「父から聞いたことがある。昔、父がまだ幼く、伯爵も十代後半だった頃……この国の北側にある国から攻め入られたことがあって、それを食い止めたのがハークス伯爵だったと。おかげで、アスタール伯爵領は戦火を免れたらしい。伯爵本人の活躍だったとは初耳だが、父がずっと伯爵を尊敬して慕っている理由はそれなのだと思う」
「私……ずっと、アスタール伯爵がお祖父様に親切なのが、不思議だったんだよね。領地経営は下手だし、押しに弱くてすぐに借金してしまう人だから」
うちの年寄りの使用人から、過去にそう言った話を聞いたことがあるが、祖父は当時のハークス伯爵領の代表だったというだけで、彼自身が活躍していたとは夢にも思わなかった。
(正直、使用人の話も、無理やりお祖父様を持ち上げているようにしか思えなかったし)
祖父自身も、自分の活躍について孫に言い聞かせたりはしていない。
父や母から彼のことを聞く機会はなかったし、伯父や伯母も祖父の過去には無関心。
(二人も、詳しくはわからなかったのかもね。だから、こんな作戦を立てたんだろうな)
情けないことに、私も祖父について何も知らなかったけれど。
「年配の護衛たちは、久しぶりの伯爵の指揮に張り切っています。力が入りすぎて、相手がかわいそうなくらいだ」
そう語る護衛たちの目も、祖父への尊敬にキラキラと輝いていた。
まさかの武闘派伯爵という祖父の経歴に驚いた私だが、このまま立っていても邪魔だろうと思い、いそいそと用意された馬車に乗り込む。
ちなみに、敵から拝借した短剣を護衛に見せたところ、結構なお値打ちものだと判明した。
おそらく、敵の持ち物はすべて没収だろうから、あとでリュゼに渡しておこうと思う。
借金返済や、護衛たちへの給料の足しになればいいな。












