44:白豚令嬢の鞭さばき
何が目的なのだろうか、追っ手の馬はどんどんこちらに迫って来る。
護衛が活躍してくれたのか、追っ手の数は減っており、今迫っているのは二騎のみだ。
しかし、護衛の方は一騎も来ていないので、足止めされているのだろう。
馬に乗ったままのリカルドは、腰から剣を抜き取って追っ手に向き直った。
「ちょっと、リカルド! 危ないわよ!」
「ブリトニー、お前は早く逃げろ! 後で合流する!」
「そんなこと言われても、あなたを放っておけないし! 二対一だし!」
「いいから、行け!」
叫んだリカルドは、剣を振りかざしながら二騎に突っ込んでいき…………相手に瞬殺された。
いや、命は奪われていない。強烈な峰打ちをされて、気を失ったようだ。
武術を中心に生きてこなかった十四歳のお坊ちゃんと、その道のプロ二人。
いくらリカルドが優秀でも、無理があったらしい。
追っ手のうち一人が、落馬しそうになった彼を抱え、自分の馬の上に引き上げた。
「よくも、リカルドを!」
今から逃げても逃げきれない。
ならば、少しでも時間を稼ぐべきだ。
乗馬用の鞭を振り回した私は、そのまま馬で敵へと突っ込む。
「うわあああああああ! リカルドを離せー!」
雄々しく叫びながら振り回した鞭が、いい感じに敵の顔面にヒットした。
「痛っ! くそっ、このデブガキ!」
一人が剣を振り上げようとしたが、もう一人が止める。
「おい、怪我はさせるなと言われているだろう!」
「くっ……」
この二人は、何者かに依頼されて、無傷で私を誘拐しようとしているらしい。
しばらく奮闘した私だが、リカルドと同じく、みぞおちに強烈な一撃を食らって意識を手放した。
※
目を覚ますと、私たちは薄暗い部屋に運ばれていた。
手首と足首は縄で縛られており、埃っぽい床に寝かされている。
窓はないが、床の隙間から光が差している。誰かの話し声も聞こえてきた。
どうやら、この場所はどこかの建物の上階部分らしい。
壁際に気を失ったリカルドが同じように転がされているのだが、彼も目を覚ましたようで、ゆっくりと身を起こしている。もちろん、武器は没収済みだ。
私も腹筋を駆使して、なんとか上半身を立てることに成功する。
(やばかった。腹筋を鍛えていてよかった……)
少し前なら、きっと起き上がれなかっただろう。
階下に人の気配を感じて耳をすませていると、犯人と思しき者たちの会話が聞こえてきた。
やけに野太い男性の声だ。
「アスタール伯爵家の息子が手に入ったのは、ツイていたな。向こうの家からも身代金を取れる。報酬が跳ね上がるぞ」
「そうだな。今頃、各伯爵家に連絡が入っているはず」
隙間から彼らの様子が見えるかもしれないと思い、私は再び体を傾けて床に寝転がった。
顔を床板にくっつけて、下の部屋を覗き込む。
「おい、ブリトニー」
拘束されたままのリカルドが、器用に近づいてきて小声で私に話しかけた。
「リカルド……巻き込んでしまってごめんなさい。これ、私を狙った誘拐事件だわ」
「下に犯人がいるみたいだな。俺は縄を切れる道具を探す、お前は引き続き奴らの様子を探ってくれ」
「わかった」
子供二人を、敵は全く警戒していない。
次々に、大声で事実を暴露してくれている。
「身代金の引き渡し場所は、隣の小屋だ。孫馬鹿の伯爵なら、絶対に金を支払う」
「本当に馬鹿な男だぜ。実の娘に騙されているとも知らずにな」
「あの女の方も、実父相手に容赦ないがな。軟禁状態なのによくやるよ」
「金の亡者なのさ。まあ、俺たちもだけれどな」
男たちの笑い声を聞いた私は、ピクリと身を動かした。
(この事件の黒幕って……伯母様だったの?)
自分が動けないため、代わりに動ける人物や彼らを使って誘拐を企てたのだろう。
身内のしたことだが、無性に情けない気持ちになってくる。
しかし、このままじっとしてはいられない。
何も知らない祖父が、敵に身代金を払ってしまうかもしれないのだ。
いや、祖父のことだから、動転して請求額以上の金額をポンと払いかねない。
(リュゼお兄様、どうかお祖父様を止めて!)
どうやって逃げ出すかを考えながら、私はケチな従兄に向けて祈った。












