42:白豚令嬢のお手柄
流通部門に到着してしばらくすると、ガマガエルのような容貌の責任者が現れ、リュゼに頭をへこへこと下げ始める。
私は黙って彼らの様子を見守った。もちろん、出された菓子はダイエット中なので控えている。
(とにかく菓子が好きだなんて、情報が古いんだよね。かつてのブリトニーなら喜んだかもしれないけれど、ここ一年は菓子断ちしているというのに)
そうしている間にも、従兄は話を進めていく。
「……というわけで、化粧水の在庫と収入が合わないんだ。なにか知らないかなと思って」
物腰の柔らかそうなリュゼの外面を見て、ガマガエル似の責任者は少し安心したようだった。
「そ、そうでございましたか。おそらく、期限が来て破棄したのだと思われます。破棄担当者が帳簿に記入し忘れていたのでしょう」
「どれくらいの化粧水が破棄されたかわかる?」
「ええと、そうですなあ。商品は全て半月後に破棄していますので、確認してみないとなんとも……」
ガマガエルの言葉に、私は首をかしげた。
(化粧水なら三ヶ月くらい保つよね。半月で全部破棄って早過ぎない? 本当に、破棄されているのかな)
この世界の保存技術が不完全だとはいえ……。
期限の早いものはともかく、長くもつものまで半月で捨ててしまうのはどうかと思う。
(怪しい……)
リュゼも端正な顔を俯けて訝しんでいる様子だ。
このまま内部に押し入りたいのだろう。
(他の従業員からも、話を聞きたいだろうし……)
けれど、目の前のガマガエルが言い訳して妨害してくる可能性が高い。
私は一つ深呼吸をして立ち上がった。こういう時は、お馬鹿なブリトニーの出番だ。
「ブリトニー様、どうされましたかな?」
「私、この中が見て見たいわ! 流通部門なんて、初めて来たんですもの!」
「え、えっと、ですが……」
「ぐふふ、ちょっと見るだけだからいいでしょう? 見たところで、なんにもわからないけど……せっかくのお出かけですもの、来たからには中を見ないと」
「ええと、では、案内の者をおつけしましょうか」
「いらないわ、すぐ行って戻ってくるだけだし。つまらないかもしれないし」
そう言って、太い体を揺らしながらズンズン進み、客室を出た。
流通部門の者たちは、ブリトニーに関する情報が古いようで、未だに私のことを菓子好きの我儘なデブだと思っている節がある。
背後で、私の行動の意味を悟ったリュゼが笑いをこらえているのが見えた。
単独で流通部門内部への潜入に成功した私は、とりあえず伯爵令嬢権限を最大限利用して中を捜索し、従業員に声をかけて話を聞いた。
特に気になった内容はない。
一月前に伯父と伯母が流通部門を見学しにやって来たことくらいだ。
「ん……?」
そういえば、帳簿の計算がおかしくなり始めたのが、その頃からだったような気がする。
従業員に伯父と伯母の様子を聞いてみると、責任者のガマガエルと何かを話し合っていたとのこと。
(領地経営に無関心なあの人たちが、責任者と話し合いっておかしくない? だいたい、二人とも化粧水の販売には関わりがないし)
怪しい予感しかしない。
私は、早足でリュゼの待つ客室へ向かった。
(ここの人たちが、私のことを菓子好きだと認識していたのも、伯父と伯母が古い情報を伝えていたからかもしれない)
客室の扉を開けた私は、すぐにリュゼに駆け寄る。
「お兄様、楽しかったです。ああやって商品が市場にで回るのですね……ああ、そうそう。ひと月前に、伯父様と伯母様もこちらへいらっしゃったようですよ。そこの責任者の方と、なにやらお話をされていたみたいです。なんのお話だったのかしら?」
「へえ……それは、ぼくも気になるなあ。よければ、その話を聞かせてもらえる?」
リュゼに睨まれたカエルは、「ヒイッ」と小さく声をあげた。
※
責任者のガマガエルは、なんとか事実を隠蔽しようと色々ごまかしていたが、リュゼ相手に通用するはずもなく、数分後には全てを洗いざらい吐いてしまった。根性のない奴である。
彼曰く、一ヶ月前に流通部門を訪れた伯父と伯母に、資金を横流ししてほしいと頼まれたとのこと。
もちろん、最初は責任者も彼らの要求を断り、リュゼに連絡しようとしたのだが、そこで伯母が「渡してくれた資金の半分はあなたにあげる」と言ったらしい。
金に目が眩んだガマガエルは、伯父と伯母の提案を飲んでしまった。化粧水を破棄したと見せかけて、そのぶんの代金を横領していたのである。
破棄したと見せかけた化粧水は、伯父と伯母が別ルートで転売して高額な利益を得ていたとか……本当に、あいつらはロクなことをしない。
(リュゼは怒っているだろうな、彼らとは絶縁したいと言っていたくらいだし……あれ?)
よく見ると、従兄は少し考え込んでいる。
「リュゼお兄様、どうかされましたか?」
「ああ、なんでもないよ。身内だからといって、犯罪者を放置しておくわけにはいかないね。特別扱いはできないし、捕まえて幽閉かな」
この世界に警察はないが、似たようなことをやっている組織はある。
一番多いのは、自警団といって、住民が自主的に仲間を集めて犯罪に対処するという組織だ。
地域によっては、領主が雇った兵士が同じ働きをする場所もあった。
ハークス伯爵領は後者で、王都やお隣のアスタール伯爵領などでも同じ形が取られている。
伯父と伯母は、彼らに捕まることになるだろう。
流通部門の責任者は、一足先にリュゼの部下が連行して行った。
帰り道は、また馬での移動になる。
流通部門の部屋の中も暑かったが、馬に乗っての移動となるとさらに暑さが増す。
すでに夕方になっているが、肥満児の私にそんなものは関係ない。
「ひいっ、はあっ……」
「頑張れ、ブリトニー」
暑さと戦いながら帰り道を進む私に向かって、リュゼが適当な応援をくれる。
横領事件が発覚したというのに、彼はどことなく機嫌が良さそうに見えた。












