34:帰りの馬車と詩の才能
マーロウは、彼のコレクションの全種類を私に分けてくれた。非常に気前の良い王子様だ。
リュゼに用事があるという彼と共に、従兄や元婚約者リカルドのいるフロアへ向かう。
ちょうど二人は部屋の外に出ており、なにやら話をしているみたいだった。
王太子や私に気付き、同時にこちらを振り返る。
「殿下、もういいのですか?」
「ああ、楽しいひと時を過ごせた」
そう答えたマーロウは、懐からゴソゴソと紙を取り出す。
その紙には非常に見覚えがあった。先ほど、詩を書いた紙である。
「見てくれ、ブリトニーが私に送ってくれた詩だ!」
「ちょ、ちょっと! マーロウ様!」
あろうことか、マーロウは私の作品をリュゼたちの前で披露した。
彼に褒めてもらえた自信作だからいいけど……
「ぶふっ!」
「ぐっ!」
しかし、二人の反応は予想とは違う。なんだか様子がおかしい。
完璧なリュゼの笑顔が、ヒクヒクと痙攣している。
そして、リカルド……なんで向こう側を向いて震えているの?
「いや、傑作だと思いますよ」
俯きがちな従兄が王太子に同意するが、決して褒めているわけではないと思う。
リカルドに至っては、震えすぎてコメントすらできないみたいだ。
マーロウは満足そうな笑みを浮かべ、私の作品を懐に戻した。
たまたま王太子の琴線に触れただけであって、私の詩の才能は相変わらずだったらしい。
(……黒歴史を増やしてしまった)
今更、マーロウから詩を取り戻すことは不可能。
あの作品が他人の目に触れないように祈る他ない。
こうして、王太子と仲良くなり、王女を怒らせてしまったであろう私は、再び馬車に乗り領地に帰ることとなった。
マーロウは私に残って欲しそうにしていたけれど、アンジェラが怖すぎて城にいたくない。
私は領地でダイエットをし、安全な場所にお嫁に行きたいのだ。
帰りの馬車に乗る際、ちょっとした騒動が起きた。
リカルドの従妹リリーが、リュゼと一緒に馬車に乗りたいと言い出したのだ。
そして、ノーラもそれに追随する。
結局、帰りの馬車は、リュゼとリリーとノーラの三人で乗ることになったらしい。
「お兄様は、本当に女性に人気がおありですねえ」
ニヤニヤと笑う私に向けて従兄が笑顔で対応した。
「ふふ、ブリトニーも僕と一緒に乗りたかったのかい? せっかくだけれど、こちらはもう定員オーバーなんだ」
「ぐっ……!」
お前のケツはでかいから、一緒に乗るのは無理だと遠回しに言われた気がする。
おのれ、リュゼ……! 許すまじ!
(リュゼと一緒より、リカルドと一緒の方がいいや)
ちょっとシャイだけれど、根はいい奴っぽいリカルド。
彼からは嫌われているが、これを機に今よりも仲良くなりたいな。
「リカルド、よろしくね」
「ああ……」
そう答えたリカルドだが、私の顔を見るなり横を向いて吹き出した。
どうやら、まだあの詩の内容が頭から抜けきっていなかったらしく、体を折り曲げて震えている。
彼の笑いのツボは良くわからない……
※
無駄に広い馬車に、二人で向かい合って座る。
「落ち着いた? 人の顔を見て爆笑するの、やめてもらえる?」
「だって、お前、ふ、ふふ、あれはないだろ……」
「王太子殿下は、すばらしいって言ってくれたし」
「あの人は、ちょっと感性が独特なんだよ」
王太子殿下に関する感想は、私と一緒みたいだ。
「はあ、なんだか色々なことがあったけれど、無事に帰れて安心したよ」
「そうか? 俺は、勉強になってよかったと思う。来年から王都に滞在する予定だしな。リュゼと同じ学園に通うんだ」
「そうだね……」
王都の学園には、十三歳から入学できる。
ただし、入れるのは、貴族や一部の裕福な平民男子のみ。
この国の女子は家庭教師から勉強を学ぶので、学校というもの自体がない。
「そっかあ、寂しくなるね」
「……お前の『寂しい』は、頼みごとの相手がいなくなって困るというだけだろうが」
「ソンナコトナイヨー」
とはいえ、リカルドの言う通り少し困っている。
気安い相談相手がいなくなるのは、色々と不便だった。
「まあ、夏と冬の長期休暇には実家に戻るけどな」
道すがら、リカルドは色々なことを教えてくれた。
通った街の特徴や建築物の違いについて、畑の作物についてなどなど……同い年だというのに、彼の知識量は怠け者ブリトニーとは比べ物にならないくらい豊富だ。
「色々教えてくれてありがとう。リカルドって、いい人だね」
「ふん。お前がものを知らなすぎるんだろう」
「今まで、あまり外に出なかったからね。戻ったら乗馬を習うよ」
行動範囲が広がれば、知識の幅も増える。
「一人で遠乗りはできないけれど、近場ならお供を連れて出かけられるんじゃないかと思って」
「そうだな。ハークス伯爵領は馬の産地だし、いいんじゃないか?」
なんだか、リカルドと少し仲良くなれた気がして嬉しい。
そんな帰り道だった。












