32:乙女の憧れと噂話
部屋の中に沈黙が落ちた。
不穏な空気を察知した壁際の黒子メイドが、こそこそと部屋から逃げ出している。
自分と年の近い女の子に正直な感想を告げるのは心が痛むが、私だって死刑を回避したい。
少し、はっきりした言い方になってしまった……
「思ったままを申し上げましたが、ご気分を害してしまったのなら申し訳ありません。私はここで退室を……」
「ちょっと、お待ちになって! 一体このドレスのどこが似合わないと言うの? 王都で流行の濃いピンク色だし、フリルだってたくさんつけさせて可愛くしたわ。メイドたちだって、今日会った貴族たちだって、全員褒めてくれた……それなのに!」
顔を真っ赤にしたアンジェラは、身を乗り出して私に抗議する。
……彼女は、かつてのブリトニーと同じだった。
周囲に「美しい」と言わせることを強要し、虚構の賛辞でつかの間の悦に浸る。
けれど、どこかでそれが真実ではないと気が付いてもいるのだ。
だから、パーティーでも自信がなさそうだったし、わざわざ呼び出した私に自分の格好を評価させたのだろう。
王都のパーティーは、若者だけの気楽な集まりなどと言いながら、その実情は厳しい値踏みと格付けの場だった。
「王女殿下、本当はご自分でもわかっておられますね?」
「何を言っていらっしゃるの?」
「あまりひどいことを言いたくありませんが、偽りの評価を受けて自分をごまかし続けるのは、却って辛いと思いますよ。あなたが真に欲しているのは、そんなものではないのでしょう?」
図星を突かれたアンジェラが息を飲む。
その一瞬を見逃さずに、私は言葉を続けた。
「美しくなりたいのでしょう? 偽物の賛辞ではなく、心から周囲に褒めてもらいたいのでしょう? 今のままで本当に満足なのですか?」
黙りこくった王女を見ながら、私は今度こそ退室しようと席を立った。
このまま部屋にいても、アンジェラに不快な思いをさせるだけだ。
しかし、立ち上がった私を尚も彼女が呼び止める。
「お待ちなさい! まだ、先ほどの質問の答えをもらっていなくてよ! このドレスが似合わない理由を具体的に教えなさい!」
感情的になったアンジェラは、ふるふると震えながら私を睨みつけている。
質問に答えるまで、この場から逃げられそうになかった。
(さっさと言うことを言って、この場から退散しなきゃ)
私は素直にアンジェラの質問に答える。
「王女殿下と……ここにいるノーラもですが、自分に合うドレス選びに失敗しているのです」
「どういうこと? このドレスは王都一の職人に作らせたものなのよ?」
「ええ、そのドレスが良いものであることは間違いありません。ふわふわひらひらした花のようなドレスに憧れる、あなたのお気持ちもわかります。しかし、悲しいことに、私たちにはそのようなドレスは似合わない……」
そう言い切ると、アンジェラとノーラが同時にのけぞった。
「な、なんですって!」
「そんな、身も蓋もない……」
その気持ちはよくわかる。
過去のブリトニーも、可愛らしいピンクのひらひらドレスに憧れていた時期があった。
そんな乙女心を密かに持っている女子は多いと思う。
だが、悲しいことにそういったドレスは着る者を選ぶのだ。
似合わない人間が可愛らしいドレスを身につけても、着こなしきれずに変に浮くだけ。
フリルにまみれた可愛い女の子の夢は、同時に露骨な残酷さを併せ持っていた。
「まずは王女殿下ですが、あなたの清楚な品の良さをドレスが打ち消しています。あなたには暗く濃い色より、明るい色が似合うと思いますよ……同じピンクでも、ノーラの着ているような色の方が合うかと」
悪役令嬢にもかかわらず、アンジェラは淡いパステルカラーが似合ってしまう顔だ。
キツめの地味顔だが、形はある程度整っているので、清楚系やミステリアス系を極めれば美しく化ける可能性がある。
「次に、ノーラ。残念だけれど、あなたの凜とした雰囲気に儚げなピンクは合わない。もっとシックなドレスで格好良く装えば、男性だけでなく女性だって見惚れると思う」
「ブリトニー……」
「そして、私は体型や髪や目の色……総合的にピンクが似合わない」
所詮、悪役三人組――乙女の憧れが似合うのは、主人公メリルのようなふんわりした雰囲気の可憐な少女だけなのである。
こんな風にはっきり言われるのは初めてだろう。アンジェラは、かなりショックを受けているように見えた。
「……ブリトニー。あなたが王女の衣装係なら、私に何色のドレスを着せるのかしら?」
「素人の意見ですが、王女殿下の瞳と同じ淡い菫色でしょうか。口紅も明るい色を選んで、髪は少し緩めに結い上げたいですね」
前世の私は、アンジェラのような地味顔だった。
良く言えば大和撫子、悪く言えば土産物のこけし……なので、それなりにおしゃれの勉強もしている。
人は外見で判断する生き物だ。
初対面の人と少し話をした時、相手の印象は半分以上見た目で決まるという。残りのほとんどは声や言葉遣い、会話内容に至っては一割未満しか影響しない。
見た目で「嫌い」と判断されてしまうと損なのだ。中身まで見てもらえなくなる。
白豚令嬢のブリトニーとしては辛い話だが。
「……そう、なかなか興味深いお話でしたわ。もう、結構よ」
ティーカップを置いてため息をついたアンジェラがそう言ったので、私はノーラを連れてそそくさと王女の部屋を後にする。
(これで、アンジェラには嫌われた。取り巻きになる可能性は消えたかもしれない)
そう思いながら、私は自分に用意された客室へ向かった。
「ノーラ、ごめんね。あなたのドレスまで悪く言ってしまって」
「いいえ、私も薄々似合わないと気付いていたから。やっぱり、自分が好きなものと、自分に似合うものは違うわね……うちのメイドたちは「似合います」なんて、私にゴマをすっていたけれど、ブリトニーに正直に言ってもらえてスッキリしたわ」
「それでも、ごめん」
「ふふ……じゃあ、今度の私のドレス選びを手伝ってくれるかしら?」
「……私でよければ」
「決まりね。あと、リュゼ様の好きな女性のタイプを知っていたら教えて欲しいわ」
やはり、ノーラは私の従兄のリュゼに好意を寄せているようだ。
「……あの人は、やめておいたほうがいいと思うけど」
「なあに、嫉妬? ブリトニーも、リュゼ様に憧れているの?」
「滅相もない、あんな人と結婚なんて考えられないよ。ノーラはリュゼお兄様の中身を知らないから、そんなことが言えるんだ。あの人はね……」
客室の前でキャッキャと女子トークを繰り広げていると、徐々にノーラの顔色が悪くなる。
「どうしたの、ノーラ?」
なんだか、私の後ろを見ているみたいだけれど……
(何かあるのかな?)
気になって振り返ると、すぐ近くに爽やかな笑顔の従兄が立っていた……!












