28:西の庭と元婚約者
城に着き、マーロウ王太子と別れた後、私たちは客室へ案内された。一人一部屋という好待遇である。ノーラとリリーとは部屋が隣同士だ。リュゼとリカルドは一つ上の階にいる。
昼過ぎに城に到着し、そのまま部屋に案内されたので外はまだ明るい。二階にある私の部屋からは、城の西側にある庭がよく見えた。来る途中にも通り過ぎたのだが、この大きな城には、あちらこちらに美しい庭がある。
西の庭は、どちらかというと華やかではなく落ち着いたイメージの庭だ。大輪のバラや派手な噴水などはなく、温室の中に小ぶりな花やハーブ類が植えられている。
……そう、全国各地のハーブ類が植えられている贅沢なこの庭は、実に私好みの場所だった。
城の使用人に確認を取ったところ、西側の庭は出入り自由とのこと。さっそく、庭を散策することにした。
庭に出て温室に入り、植えられている植物を観察する。
産地がバラバラなので、おそらく別の場所から持ってきて植え替えられているのだろう。花は咲いていないが、ウスベニアオイにマリーゴールドらしきものもある。今は秋の終わり――温室とはいえ、技術面に難があるようで、花は散ってしまった後っぽい。
元の世界で温室が考案されたのは、割と後の時代だったと思うので、この少女漫画の世界の文明レベルは物によって差異があるのだろう。
しばらくすると、城に入る扉からリカルドが出て来た。
リュゼに聞いた話だと、次男であるリカルドは、今までに一度しか王都に行った経験がないそうだ。まだ知り合いもあまりおらず、暇を持て余しているらしい。
彼は私を発見すると、「なんだ、お前もいたのか」と言いつつ近づいてきた。
「何を熱心に見ているんだ?」
「この庭のハーブです。ハークス伯爵領では見られない種類のものがたくさん植えられています」
「少しだけ花もあるが……ほとんどは、ただの草にしか見えない」
たしかに、雑草に見えるハーブや、雑草以上に逞しいハーブもある……
前世でうちの庭にペパーミントが増殖しすぎた時は、かなり焦って大量に引き抜いた覚えがあった。
「おそらく、城のどなたかが飲まれるハーブティーの材料を植えているのかと。これは、ご存知だと思いますがイラクサの一種です。貧血予防やぜんそく予防の効果もあるんですよ。ここの庭はとても有用ですね」
「そうなのか、他にはどんなものがあるんだ?」
「例えば、温室の隅……日陰に生えている臭いアレはドクダミと言い、解毒作用があります。こちらはタイムといって殺菌効果に優れています」
「驚いた。お前は薬草の類にも詳しいんだな」
「ええ、まあ……とはいえ、すべての薬草の効能を知っているわけではありませんよ。一般的な、何種類かだけです」
前世で美容に関するハーブに凝っていた時期がある。そのおかげで、有名な種類に限り効能を知っているだけだ。
ハーブについての会話をしていると、リカルドがまじまじと私を見た。
「お前、また痩せたか?」
「ええと……ダイエットを続けているので」
そう答えるとリカルドの顔が少し曇る。
婚約破棄に憤った祖父が、私がダイエットをしているのはリカルドのせいだとまだ文句を言っているせいかもしれない。
「……そうか。ところで、ハークス伯爵令嬢」
「なんでしょう?」
「これから、共に領地を経営していく仲だ。堅苦しい会話は、そろそろやめにしないか?」
「堅苦しい?」
「ああ、プライベートな場所で俺に敬語を使うことはやめろ。俺のことはリカルドと呼び捨ててもらって構わない」
「ええっ? で、では、私のこともブリトニーと呼び捨ててください。お互いの領地を良くするため、頑張りましょう」
「……敬語」
「が、頑張ろう!」
そんなこんなで、私とリカルドは少し距離が近づいた……かもしれない。
彼が、これからも共に領地経営をしてくれる気なのはありがたいけれど、初対面の時の態度と違い過ぎて戸惑ってしまう。
(……高圧的な態度のお坊ちゃんだと思っていたけれど、ただのシャイボーイだったのかな。いや、違うよね)
初対面時に「嫌いだ」と面と向かって言われているので、その辺りは変わらないのだろうなと思う。
庭を散策した後、私はリカルドと別れて部屋に戻った。長旅でむくんだ足をマッサージするためだ。
さすがに城の庭をランニングするわけにはいかないので、部屋の中で筋トレもすることにした。伯爵家から連れてきたメイドは、城に来たことが嬉しかったようでソワソワしている。
正直言ってパーティーに出るのは億劫だが、婚約者を得るために頑張らなければならない。
私は気合いを入れ直して運動に励んだ。
それにしても、あの庭のハーブを使っているのは誰なのだろう……気になるな。












