26:挙動不審な元婚約者
リュゼに聞くと、この漫画の世界にも特許という概念はあるみたいだ。
ただし、この国の特許の有効期限は三年という微妙なもので、中身も日本と少し異なる。
中途半端だが特許を取るための費用が安く、三年間は自分たちだけで専売することが可能というものらしい。
私が思いつきで作った石鹸やシャンプーは、知らない間にリュゼが特許の申請をしていたようなのである。それも、私の名前で。
自分の名前で申請してもいいだろうに、そのあたりは律儀な従兄だった。
三年間だったら、私がまだハークス伯爵領にいるので問題ないと思っているのだろうけれど。
午後の優しい光が、のどかな牧草地を照らしている。
私は今、伯爵家の四人乗りの馬車の中にいた。
馬車は他にもあり、そちらには使用人が乗っている。
いよいよ王都で開かれるパーティーの日が近づいてきたのだ。
馬車の中には、私の他にリュゼとノーラが座っていた。
友人と一緒に行ってもいいとのことだったので、ノーラとリリーを誘ってみたのだ。
ノーラは親切でついてきてくれたが、リリーは、もともとリカルドと共に行く予定だったらしい。
それで、同じ僻地同士ということもあり、三組一緒に王都へ行くことにしたのだ。
隣の領地からやって来たノーラと一緒にハークス伯爵領を出発し、アスタール伯爵領を経由して王都へ行くという行程だ。
先ほどから、ノーラがボーッとした表情でリュゼを見つめている。
彼女の頰は赤く、目元は潤んでいた。
気持ちはわかるけれど、この従兄はあまりお勧めできない。
爽やかなのは、ほぼ見た目だけなのだ。
「ノーラ嬢の領地では、新しい特産品が生まれたそうだね」
リュゼの問いかけに、ノーラは緊張した様子で答えた。
「ええ、ブリトニー……様のおかげで。うちの領地で取れる泥は良質で、美容にも良いみたいなのです。お父様が各地に売り込みをかけたところ、うまい具合に貴族の奥様方に受け入れてもらうことができました」
ノーラの領地の一部の領民が、昔から泥を塗って肌を綺麗に保っているとの話を聞き、その泥が売れるのではないかと思って助言してみたのだ。
泥なんて山ほどあるし、それを売るという発想はなかったらしい。
けれど、それらしい綺麗な入れ物に詰めて販売したところ、美容に関心の高い貴族たちがこぞって泥パックを始め、ちょっとしたブームになっているのだとか。
ちなみに……私はノーラから、ちゃっかりタダで泥を分けてもらっている。
泥パックの件で収入が増えたようで、彼女のドレスは新しい綺麗なものになっていた。
落ち着いた黄色で小さな花が刺繍されている品の良いドレスである。
着替えは王都に着いてから行うので、今は普段着用のドレスだ。
私のドレスは、夜の海のような濃紺色にシンプルなレースのついたものにした。
目論見通り、少しだけほっそり見えるデザインになっている。
ちなみに、現在の私の体重はじわじわと落ちて六十キロ。
毎日のダイエットの甲斐あって、ついに二十キロ減に成功したのである。
まだまだ見た目は太いが、以前より格段に軽やかに動けるようになった。
食生活を見直し、石鹸で体を洗い続けたのが良かったのだろうか。
今では体臭自体が体から発生しなくなっている。
髪はつやつやだし、肌もピチピチのツルツルだ。
まあ、十二歳という年齢のせいでもあるのだけれど。
(これは、いけるんじゃない? 婚約者候補、見つけられるんじゃない?)
しかし、そんな私の小さな自信は、アスタール伯爵領の美少女リリーに会った瞬間にガラガラと音を立てて崩れ去った。
女としての可愛さの完成度が根本的に違う。
ごめんなさい、調子に乗っていました。私はただの白豚です。
「ブリトニー様、ノーラ様、またお会いできて嬉しいですわ!」
少し早足でこちらにやってくるリリーの可愛らしいこと。
ふわふわ揺れるミントグリーンのドレスも、異様に似合っている。
しかも、さすがアスタール伯爵領……普段着用のドレスのはずなのにすごく豪華。
リリーも、リュゼに目を止めるとポッと顔を赤く染めた。
(ここにも騙されているご令嬢が……)
リカルドの屋敷で、少し休憩を挟む。
アスタール伯爵や伯爵夫人も出迎えてくれたが、私を見る彼らの目は少し気まずそうだった。
ちなみに、伯爵夫人は伯爵に比べるとかなり若い。
病弱だというリカルドの兄は調子が悪いらしく、今日は部屋から出られないとのこと。
自由に庭を散策していいと言われた私は、運動するために外に出てみた。
ずっと馬車の中にいたので、体を動かしたくて仕方がない。
二人の令嬢は、リュゼの近くを陣取っている。リリーはともかく、ノーラの意外な積極性に少し驚いた。
庭を歩いていると、なぜかリカルドがやってきた。
一人でいたから不憫に思って気を使ってくれたのかもしれない。
「あら、リカルド様。ごきげんよう」
「ああ。先日は貴重な石鹸を優先的に流してもらって助かった。礼を言う」
「いえいえ、お互い助け合いが大事ですからね。こちらも、レモンやオリーブの件でお世話になりましたし、これからハークス伯爵領で水路を建設する際も、少しだけお力を貸していただけるとか」
「まあ、うちの領地は一足先に水路を建設しているからな……ところで」
「なんでしょう?」
リカルドがなぜか、言いにくそうにそわそわし始めた。
「……お前の従兄のリュゼから聞いた。ずっと、使用人にいじめられていたそうだな。そうとは知らず、俺は勝手な思い込みで」
「使用人?」
なんのことだか話が読めず、私は太い首をかしげる。
「あ、あの? リカルド様? 使用人にいじめられていたとは、一体……」
「いいんだ、思い出さなくていい。あれは、お前なりの精一杯の抵抗だったとわかったから……ずっと誤解していて、すまなかった」
「えっと、あの……」
「過ぎたことだが、それだけ伝えたかったんだ。じゃあな」
満足した様子で屋敷に戻って行くリカルド。
しかし、私は彼が何のことを言っているのかさっぱりわからない。
(お兄様、一体リカルドに何を伝えたの?)
なんだか、リカルドの態度が軟化しているんだけど。
(まあいいか。良好な関係を築けたほうが、この先助かるし)
よくわからないが、放っておくことにした。












