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転生先が少女漫画の白豚令嬢だった  作者: 桜あげは 
12歳

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25:野心なんて持っていない

「お、お兄様?」


 一緒に暮らしていた従兄だし、いつも傍にいた。なのに……


(こんな笑い方をするお兄様は、初めて見たな……目が笑っていない怖い顔ならたまに見たけど)


 リュゼは、いつも親切で爽やかな顔を崩さない人物だ。

 あの傲慢なブリトニーにも慈愛の笑みを向け、脂肪にまみれた汗臭い体を平気で抱き上げるような人間だった。

 けれど、こちらの表情の方が自然に思える。

 やはり、いつもの柔らかな笑顔は本当の従兄の顔ではなかったのだろう。


「そういうことを聞いたんじゃないんだけどなあ……まあいいか、君には野心なんてなさそうだし」

「も、もちろんですとも」

「じゃあ、当初の予定通り、頑張って早くお嫁に行ってね?」


 彼が本音で話しているということは、少なくとも私を切り捨ててはいないということ。

 少しは信用してくれていると思われる。


「わかりました。そして、婚約者を見つけてお嫁にいくまでは、私なりにこの領地で頑張りますね」

「君が完全に僕の味方になってくれるのなら、別の方法もあるんだけどね」

「ん? 婚約者を見つけなくても大丈夫なんですか?」

「今のところ、君が早く良い嫁ぎ先に行ってくれた方がいいかな。有力なコネを作って来てね」

「なにそのプレッシャー! こんな肥満令嬢に無茶な圧力をかけないでくださいよ!」


 思わず本音が出てしまう。


(やばい、お兄様の前では猫をかぶっていたのに)


 リュゼの笑みが、より一層深くなった。


「ブリトニー。君って、中々面白い性格をしているよね」

「ぐふっ、ぐふふふ」


 ごまかそうと思って笑ったが、相変わらずの不気味な笑顔になっていることだろう。

 ああ、もういやだ。


「最近の君が色々努力しているのは知っているよ。それに、ブリトニーの考え出した石鹸にも助けられた。その件は感謝しているんだ」

「……お兄様は、ワインや馬で手堅く税収を得ているみたいですけどね」

「収入源は、多いに越したことはないよ。シャンプーやリンスは、中々日持ちがしないのが難点だけど」

「うう、そうですね。最新バージョンのシャンプーは、手作り石鹸にはちみつと精油を混ぜたものですが……保って一ヶ月でしょうか。リンスの方は、かなり短いので使う都度作るという感じですし。だから、原料のレモンを植えているわけですし」

「まあ、レモンは応用が効くからねえ」


 いつの間にか、仕事の話になってしまっている。


「とにかく、次のパーティーは気合を入れていこうね。僕は、リカルドを推したいんだけど」

「彼には振られたから無理ですよ。私としても、アスタール伯爵家との繋がりは断ちたくないですが」

「そうなんだ。この間、彼が来たときに話した感じだと、脈ありだと思ったんだけどなあ」


 絶対に嘘だろと心の中でツッコミを入れつつ、私は従兄の部屋を出た。

 求められていた答えは、多分あれで正解だよね?


(……ん?)


 そういえば、リュゼは私に「野心なんてなさそう」と言っていた。

 最近の行動のせいで、私が次期伯爵を狙っていると誤解させてしまったのだろうか。


(考えすぎだよね。私はお兄様に取って代わろうなんて思っていないし)


 この世界で女伯爵が出ることは、とても少ない。

 男性の伯爵不在時に、一時的に臨時で女性が就いた例はあったらしいけれど、普通は男性が継ぐし、男性がいない場合は女性の婿が伯爵になるのだ。


(あとは、だいぶ昔の話になるけれど、男性の後継者が馬鹿ばかりで、例外的に当主が女性を指名したという話があったな……歴史の授業で)


 いずれにせよ、ハークス伯爵家には関係のないことだ。

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