25:野心なんて持っていない
「お、お兄様?」
一緒に暮らしていた従兄だし、いつも傍にいた。なのに……
(こんな笑い方をするお兄様は、初めて見たな……目が笑っていない怖い顔ならたまに見たけど)
リュゼは、いつも親切で爽やかな顔を崩さない人物だ。
あの傲慢なブリトニーにも慈愛の笑みを向け、脂肪にまみれた汗臭い体を平気で抱き上げるような人間だった。
けれど、こちらの表情の方が自然に思える。
やはり、いつもの柔らかな笑顔は本当の従兄の顔ではなかったのだろう。
「そういうことを聞いたんじゃないんだけどなあ……まあいいか、君には野心なんてなさそうだし」
「も、もちろんですとも」
「じゃあ、当初の予定通り、頑張って早くお嫁に行ってね?」
彼が本音で話しているということは、少なくとも私を切り捨ててはいないということ。
少しは信用してくれていると思われる。
「わかりました。そして、婚約者を見つけてお嫁にいくまでは、私なりにこの領地で頑張りますね」
「君が完全に僕の味方になってくれるのなら、別の方法もあるんだけどね」
「ん? 婚約者を見つけなくても大丈夫なんですか?」
「今のところ、君が早く良い嫁ぎ先に行ってくれた方がいいかな。有力なコネを作って来てね」
「なにそのプレッシャー! こんな肥満令嬢に無茶な圧力をかけないでくださいよ!」
思わず本音が出てしまう。
(やばい、お兄様の前では猫をかぶっていたのに)
リュゼの笑みが、より一層深くなった。
「ブリトニー。君って、中々面白い性格をしているよね」
「ぐふっ、ぐふふふ」
ごまかそうと思って笑ったが、相変わらずの不気味な笑顔になっていることだろう。
ああ、もういやだ。
「最近の君が色々努力しているのは知っているよ。それに、ブリトニーの考え出した石鹸にも助けられた。その件は感謝しているんだ」
「……お兄様は、ワインや馬で手堅く税収を得ているみたいですけどね」
「収入源は、多いに越したことはないよ。シャンプーやリンスは、中々日持ちがしないのが難点だけど」
「うう、そうですね。最新バージョンのシャンプーは、手作り石鹸にはちみつと精油を混ぜたものですが……保って一ヶ月でしょうか。リンスの方は、かなり短いので使う都度作るという感じですし。だから、原料のレモンを植えているわけですし」
「まあ、レモンは応用が効くからねえ」
いつの間にか、仕事の話になってしまっている。
「とにかく、次のパーティーは気合を入れていこうね。僕は、リカルドを推したいんだけど」
「彼には振られたから無理ですよ。私としても、アスタール伯爵家との繋がりは断ちたくないですが」
「そうなんだ。この間、彼が来たときに話した感じだと、脈ありだと思ったんだけどなあ」
絶対に嘘だろと心の中でツッコミを入れつつ、私は従兄の部屋を出た。
求められていた答えは、多分あれで正解だよね?
(……ん?)
そういえば、リュゼは私に「野心なんてなさそう」と言っていた。
最近の行動のせいで、私が次期伯爵を狙っていると誤解させてしまったのだろうか。
(考えすぎだよね。私はお兄様に取って代わろうなんて思っていないし)
この世界で女伯爵が出ることは、とても少ない。
男性の伯爵不在時に、一時的に臨時で女性が就いた例はあったらしいけれど、普通は男性が継ぐし、男性がいない場合は女性の婿が伯爵になるのだ。
(あとは、だいぶ昔の話になるけれど、男性の後継者が馬鹿ばかりで、例外的に当主が女性を指名したという話があったな……歴史の授業で)
いずれにせよ、ハークス伯爵家には関係のないことだ。












