258:旅立つ主人公
いよいよメリルが西の国に旅立つことになった。侍女になったリリーも一緒だ。
私はリリーの外国行きを心配していたが、彼女は外国暮らしを楽しみにしているらしい。リリーは様々な情報に敏感なので、向こうの流行を教えてもらおうと思う。
メリルはグレイソンに夢中のようだ。
今までの彼女からは考えられないくらい彼に入れあげており、今も熱い視線を送っている。
グレイソンには大人の余裕があった。
彼ならメリルが多少暴走しても大丈夫だろう。そう思える謎の安心感を持っている。
「皆、ありがとう。私、立派な王妃になるわ!」
元気よく宣言し、メリルは西の国へ旅発っていった。
ちなみに、お騒がせ事件の元凶であるアクセル様は蟄居中とのこと。どちらにせよ、レニの件はもう諦めてくれたようなので大丈夫だろう。
(あ、そうだ)
見送りが終わったあと、私は北の王女ヴィーカのいる塔へ向かった。
彼女は相変わらず、近くの牢にいる従者のジルの視線を物ともせず、広めの牢の室内で寛いでいた。
「あら、ブリトニー。今日は何を持ってきてくれたの?」
「おめでたい話を持ってきました。ルーカス殿下が結婚します」
「あ、そういうのいらない。お土産の話よ」
相変わらず、仲の悪い姉弟である。
「アメニティセットと服のセット、美容ケアセットとお菓子と一部のインテリアと……許可はもらってあるのでご安心ください」
「あらあら、こんなにも……太っ腹ねえ」
ヴィーカは嬉しそうだ。
「東の国の件でのお礼も兼ねています。ありがとうございました」
「例の病気はどうなったの?」
「ひとまず原因が判明して、対処できる薬も完成して収束しました。メリル殿下は無事、西の国に嫁入りしましたよ」
「ふぅん、それは……よかったと言ったらいいのかしら……」
少なくとも、元の「メリルと王宮の扉」の結末よりは、よくなっているのではないかと思う。
「私も結婚しました。今はアスタール伯爵夫人です」
「あら、まさかあのブリトニーが結婚するなんてね。向こうへ戻ったら作品に描きたいわ」
「第一部で、ブリトニーはもう死んでいるから無理なのでは?」
「こちらで二度目の人生を繰り返したのだもの。また同じことが起こらないとも限らないでしょ」
「まあ、そうですが」
私も彼女のように、あっちの世界へ行ったりこっちの世界へ行ったりと、死後は移動するのだろうか。
「心配しなくても、あなたはそうはならないわ。そんな風になるのは、たぶん……私のような人間だけよ。あなたはあちらの世界に戻りたいなんて思わないでしょ? 下手をしたら、忘れているんじゃない?」
「……今はリカルドとの生活がありますから」
「つまりそういうことよ」
ヴィーカの説明は、いまいちわからなかった。彼女はいつもこうだ。
「さあ、そろそろ戻りなさい。あなたには帰る場所があるでしょう?」
唐突に帰宅を促すヴィーカの視線を辿って振り向くと、階段の手前にリカルドが立っていた。外の光に照らされながら、彼は心配そうに私を見ている。
「お行きなさい。私なら心配いらないわ」
「ヴィーカ様……ありがとうございます」
私は彼女にお礼を言って、日の当たるリカルドの方へ向かって歩き出した。
「ブリトニー、もういいのか?」
「うん、大丈夫。迎えに来てくれてありがとう」
リカルドが私の帰る場所。
彼がいる限り、私は物語が終わったあとの世界でも、楽しく幸せに生きていけるだろう。












