256:公爵夫人と油断のならない夫(アンジェラ視点)
アスタール領改め、ガザ領はなんといっても気候がいい。
海が見渡せる、小高い丘の上の屋敷で、私ーーアンジェラは機嫌よくハーブティーを飲んでいた。
フルーティーで酸味のあるローズヒップティーは、エミーリャが南の国から取り寄せてくれたものである。
以前ブリトニーに聞いた話では、とある国で『若返りの秘薬』として用いられていた歴史があるとかないとか。免疫力も上がる体にいいお茶らしい。
そんな彼女は、もうすぐ結婚式を挙げる予定だ。式には私も招待されていた。
「ああ、楽しみですわ。ブリトニーの結婚式が待ち遠しいですわ。んふふっ」
期待に胸が高鳴りすぎて、はしたないがニマニマしてしまう。
あれから、ブリトニーはめでたく痩せた。
彼女からの手紙ではリカルドがかなり協力してくれたとのこと。端から見てもお似合いの二人だ。
おそらく、彼女が以前のようにリバウンドを繰り返す事態は減るだろう。
なんとなく、そう思えた。
ふと、ここへ来てからの記憶を思い返す。
今ではすっかり公爵夫人としての生活に慣れたが、引っ越した当初はそうは行かなかった。王宮とは異なる事例も多く、いつも何かに戸惑っていたのだ。
それを助けてくれたのは夫のエミーリャである。
王子なのに何故か世慣れている彼は、テキパキと屋敷を最低限整えて、私が住みよい空間を作り上げてしまった。
(何気に、私の好みまで把握されているのが悔しいわ)
屋敷の至るところに、さりげなく可愛いものが置かれている。
優しい色合いの絵画だったり、ピンク色の花だったり、猫足の椅子だったり、小動物の置物だったり……エミーリャの自分への観察眼が若干怖い。
ちょうど海のある領地なので、エミーリャの祖国との貿易も行われている。
おそらく、そういう拠点になっていくのだろう。
箱入りの私にできることは何もない。
だからこそ、悔しかった。
そんな折にブリトニーが提案してくれた催し物の話に飛びつくくらいには。
改めて、彼女はすごいと思う。
「はあ、ブリトニーに比べると、私なんてまだまだですわ」
ため息をつく私に後ろから声がかかった。
「何、アンジェラ? また悩み事?」
ぎょっとして振り返ると、夫のエミーリャが微笑みを浮かべながら壁にもたれている。
いつの間にか、仕事から帰ってきたらしい。
「なんでもないですわっ! 淑女の背後に立つなんて紳士の風上にも置けませんわねっ」
「いいんじゃないの? 夫だし? あと、ブリトニー嬢と自分を比較する必要なんてないよ。あれは例外中の例外。比べるよりいかに彼女の能力を引き出して、自分の役に立ってもらうかを考えるべきだね」
「なっ……」
「俺もさ、過去には兄のことでいろいろ悩んだ時期もあったけど、あれは張り合ってどうにかなるものじゃない、アンジェラはブリトニー嬢と仲もいいのだし、今のままで十分だよ」
「……ブラコンの意見は当てになりませんわ」
時折、エミーリャはブリトニーについて、私の知らない何かを把握しているような顔をするときがある。
とはいえ、彼にとっては所詮は他人事であり、そこまで興味もないようだが……ブリトニーと彼の兄はよく似ているという話を以前聞いた。真相はわからないが。
「なんにせよ、そんな些事は気にせず、アンジェラは気分よく過ごしていればいいよ」
「適当な発言をしないでくださいます?」
「本音だってば、君が快適に過ごせる環境を整える以上に優先することなんてない」
「なっ……」
すぐにこうやって不意を突いてくる。
エミーリャは本当に油断のならない夫だった。
「相変わらず口がお上手ね」
「素直じゃないアンジェラも好きだよ」
「~~~~っ!」
やはり私は、いつまで経ってもこの夫に口で勝てそうにない。












