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転生先が少女漫画の白豚令嬢だった  作者: 桜あげは 
18歳

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250/259

250:白豚令嬢VS西の侯爵

 馬車はそれほど速度を上げずに、人通りの少ない道を進んでいく。


「あの追い剥ぎ……というか野盗というか……怪しい男たちはあなたの差し金ですか?」

「うん。旅の道中で俺を襲ってきたから寝返らせたんだ。怖い思いをさせてごめんね?」

「この馬車はどこへ向かっているんですか?」

「まずは中央の国」


 言われて私はハッとした。


「最終目的地は? もしかして……」

「うん、西の国♪」


 アクセルは強制的に私を西の国へ連れていく気なのだ。

 ますます早く逃げ出さねばという気になる。


「君とアスタール伯爵の関係は知っているけどさ~。連れ出して同居してしまえばこっちのものだよね~」

「あなたの目的はわかりますが、私ではレニ様の代わりにはなれませんよ。医療知識は彼に遠く及ばない」

「そうだとしても、俺には君が必要なんだ~」

「こんな真似をして……私が素直に協力すると思います?」

「手段は選ばないつもりだよ」


 まっすぐな視線が私を射貫いた。

 何されるんだ、私?


「……俺の治める領地、ヴァンベルガー領は傾いた領地だったんだ。若い時分に継がなければならなくなってしまって、当時はとても苦労した……俺は、立場も発言権も弱い領主だったから」


 リュゼのような感じだろうかと、私は想像を巡らせる。


「そんな折にレニを雇って、彼の知識のおかげで我が領地はめざましい発展を遂げたってわけ。でも、様々なものを生み出してくれた彼はもう……」


 亡くなってしまったので、新たなアイデアは出てこない……といったところだろうか。


「俺は不安なんだ。せっかく領地が立ち直ってきたのに、もとの弱領領地に戻ってしまうのかと思うと。部下とか領民とか、面倒見ないといけない相手も多いし」

「残っているレニ様の知識もあるでしょう。もとのようにはならないかと」

「人々の興味や関心は移り変わっていく。時勢も……。既存のものが見向きもされなくなる日も来るだろう?」


 アクセルの言いたいこともわかる。

 かつては重宝されたハークス産の名馬だって、一時期は需要が落ち込んでいた。


「医療の需要は変わらないのでは?」

「既存の功績を守るだけでは、徐々に発言権も弱まっていく。次の王がグレイソンだから技術や特権の独占も難しいだろう……だから、継続的に君の知恵が欲しい」

「まあ、グレイソン殿下は、すでにレニ様の残した全ての書物の知識を広めていらっしゃいますからね」

「そういうこと。予想していたとおり、俺にとって事態は悪化するばかりだけど、あいつが相手じゃ逆らえない」


 思いがけず西の国の医療知識がもらえて、こちらはラッキーだったが、アクセルの立場から見ると複雑なのだろう。

 解読不可能なものが多かったとはいえ、独占していた知識が広められてしまったのだから。残された資料だけで、今後の領地を支えていくと考えると不安にもなる。

 だからといって、彼と結婚はできないけれど!


「私との結婚の話は置いておいて、ハークスやアスタールから技術を売ることなら可能ですよ。全部というわけにはいきませんけど」

「すでに出回っている技術でしょ?」

「中央の国では。でも、西の国にはないかもしれません。美容技術とか」

「たしかに、そういうのはあまり」

「私が提案した化粧品も、アクセサリーも、ドレスも流行は移り変わるし。いや、移り変わらせて需要が途切れないようにするといったほうが正しいから、これは違うか……」


 私は、アクセルを正面から見据える。とりあえず……


「取り引きしましょう。結婚の前にできることがあるはずです」

「それより、子豚ちゃんを連れていったほうが早い」

「グレイソン殿下は、あなたよりもこちらの言い分を聞いてくださると思いますよ。真珠の取り引きの件もあるし、取り引きで我慢しません?」


 様子を見るに、多少は彼に響いていると感じられる。

 あと少し、押す材料が欲しいところだが。


「あと、これはあなたの切り札の一つだと思うのですが……母の夫である公爵の件、東の国の患者の症状を治める薬ができたので、それで治りそうです。私とあなたとの間の話も無効になるでしょう」

「子豚ちゃん、いい性格してるね。君を西の国へ連れていきたい気持ちは変わらない。でも、結婚については無理に言えなくなったかな。あっ、君を気に入っているのは本心だけど」


 いつの間にか、馬車が止まっていた。

 だが、アクセルは動きを見せず、私を見つめたままだ。

 のらりくらりと、言いたいことを言うだけでなく、彼は今本気で私と向き合おうと考えているように思えた。


「グレイソン殿下に渡していない、レニの資料がある。それと引き換えに、君の開発した商品の……西の国内での独占貿易権が欲しい」

「資料の内容によりますが、検討しましょう。前々から不思議に思っていたんですが、どうしてあれらが私の発明だとわかったんです?」

「ああ~、それは……この国に来たときにハークス産の化粧品やドレスを見て、どう考えても伯爵の作ったものではなさそうだと気になっていたんだ。探っていったら、子豚ちゃんに行き着いた。新商品のあるところに、君の姿があるんだもん」

「私、探られていたんですね」


 ぜんぜん気が付かなかった。


「西の国は、そういうの得意だからね~」


 困った国である。

 話していると、後方から馬の蹄の音が聞こえてきた。


「公爵夫人も婚約許可を取り消しそうだし、ここまでかな」


 静かに微笑んだアクセルが、握っていた私の手を放す。


「君と話せてよかった。いろいろごめんね、ブリトニー。取り引きの件、よろしく~」


 扉が開けられたので、私は馬車の外へ脱出する。

 アクセルの乗った馬車は、そのまま前方へと走り去ってしまった。


(ええーっ? 出られて助かったけど……まさかの置いてけぼり!?)


 戸惑っていると、蹄の音がさらに近づいてくる。数頭の馬の姿が見えた。


「ブリトニー!」


 先頭を走っているのは、リカルドだ。


「リカルド! ここだよ!」


 私は両手を大きく振って叫んだ。

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