24:従兄からの質問
お忍びでやって来た王太子は無事に王都へ戻り、王都でのパーティーの日が近づいてきた。
とはいえ、まだ少し時間があるので、私は夜中に部屋を抜け出して化粧水研究に勤しんでいる。
化粧品研究をしながらも、筋トレと小顔体操は忘れない。
今作っているのは、フローラルウォーターを使った、シンプルすぎる化粧水だった。
この世界では、精油を作る時、ハーブなどの葉や花に水蒸気を当て、精油成分を気化させて取り出している。その際に、出来上がった液体が二層になるのだ。油の部分が精油で、それ以外の部分がフローラルウォーターなのである。
しかし、今まで精油の副産物であるフローラルウォーターは特に用がないので捨てられていたのだそうだ。モッタイナイ!
そんなこんなで、私は不要なフローラルウォーターを安値で買い取り、化粧水として使っている。
敏感肌にはラベンダー、乾燥肌にはジャーマンカモミール、オイリー肌にはローズマリーなど、ハーブの種類によって効能も変わってくるのだ。ブリトニーはもちろん、オイリー肌用のニキビ撲滅化粧水だった……
「ぐふふふふ」
バシャバシャと化粧水を塗りたくった私は、上機嫌で保湿をする。ここには乳液はないので、天然オイルでの保湿だ。まあ、もともとオイリー肌なので、たくさん塗りたくる必要はないけれど。
大まかに言うと、ホホバオイルやオリーブオイルは保湿効果があり、アルガンオイルやアーモンドオイルは美白にも良い。オイリー肌にはハークス伯爵領のグレープシードオイルがおすすめだ。
髪用に使うオイルは、日本でおなじみの椿オイルやココナッツオイルを用意している。
ただ、化粧水もオイルも自然のものなので鮮度が命だ。放っておくと腐ったり酸化したりしてしまう。
そのあたりは不便である。
今の体重は、六十五キロ。中間地点の六十キロまであと一息だ。
ちなみに、ブリトニーの身長は低く、未だに百五十センチに届いていない……
王太子からもらったお土産は、彼が帰った後で使用人や子供たちにあげた。賄賂効果か、彼らが少しだけ優しくなった気がする。今度、石鹸や化粧水も差し入れてみよう。
王都のパーティーまでに痩せ切ることは不可能だ。せめて少しでも細く見えるよう、ドレスなどには気を使おうと思う。
翌朝、私はハークス伯爵家の金庫番ことリュゼの部屋へ押しかけた。
無論、新しいドレスを買ってもらうためである。今までのブリトニーは勝手に散財していたのだが、私の記憶が戻り従兄の本音を聞いてからは、怖くて大金を使うことができない……
こんな見た目だが、私の小鳥の心臓はとても繊細にできているのだ。
「おはようございます、お兄様。折り入ってご相談があるのですが」
「おはよう、ブリトニー。君が僕に相談なんて、珍しいね?」
気だるげな動作で長椅子にもたれる従兄は、なんとも様になっている。王太子に教えてもらったが、リュゼは王都で「黒髪の貴公子」などと呼ばれていた模様。お嬢様方にも、モテモテだったそうだ。
「あのですね、今度の王都のパーティーの件なのですが……」
「うん、どうしたの?」
「その、新しいドレスが欲しくてですね……」
「…………」
心なしか、従兄の目が笑っていない。怖い、怖いよー!
「以前の私の趣味がひどく、ロクなドレスがなくてですね……リメイクでもどうにもならなくて困っているんです。もちろん、高いドレスは頼みません」
「ふふふ、わかっているよ。近頃のブリトニーは少し痩せてしまったしね。王都にいくのだし、ドレスは新調しよう」
「ありがとうございます!」
リュゼの表情は、穏やかなものに戻っていた。もしかして、試されたのかな?
「ちなみに、ブリトニーは、どんなドレスが欲しいの?」
「ええと……濃い色で。黒か紺系で、この体型が少しでも細く見えそうなものが欲しいです」
「こちらで職人を手配しておくよ。今年は税収が、かなり増えそうだから心配しなくていい」
「……お兄様のワインや馬の件がうまくいったのでしょうか?」
「それもあるけれど、ブリトニーの活躍もあってのことだよ。きちんと還元しなきゃね……安いものと言わず、好きなドレスを選べばいい。借金も完済できそうだし、水路の建設にも着手できそうだから」
従兄は、着々と伯爵領を改善している。
「お兄様は立派ですね。うちの親戚で真面目にハークス伯爵領のことを考えているのは、お兄様だけだと思います。言ってはなんですが、伯父様や伯母様は、お仕事に無関心ですし」
「そうだね。王都に行くまでは、僕もそうだったよ……甘ったれた贅沢好きの子供だった」
「リュゼお兄様が? 意外です」
「僕にもそういう時代はあったんだ。両親がそうだし、僕も彼らと同じように暮らせばいいと思っていた」
「王都でたくさん、勉強をされたのですね」
「ああ。だから、僕が伯爵になっても両親を経営に関わらせる気はないし、贅沢もさせない。祖父にも完全に引退してもらう」
リュゼは、一人でこの領土の何もかもを背負いこもうとしているようだ。
「あの、お兄様……」
「ブリトニーは、僕の味方でいてくれるかい?」
私と同じ深い海のような青い目が、真剣にこちらを見つめている。
なんとなく、これは岐路だと思った。何度も私に失望した従兄の、最後の分岐点。
リュゼの意図に沿わない回答を返せば、私も切り捨てられるだろう。彼の両親たちや祖父のように。
従兄は、その覚悟をしている。
「私は、お兄様に敵対する気なんて微塵もありません。こう見えて最近は筋肉もついてきているんです。少しくらいの荷物なら、一緒に背負うことだってできると思いますよ」
そう答えると、リュゼは爽やかに……あれ?
全然爽やかじゃない、ニンマリとした暗い笑みを浮かべた。












