246:菓子袋、再び……
そんなこんなで私は東の国へ行くことになった。
ただ、その前にすべき仕事はたくさんある。
医療に関する知識を集めることと、旅に同行してもらう医師の選定。病気や薬の知識の共有などである。
医療や薬の知識は、もともとアスタール伯爵領にあったものを、レニの遺した書物に合わせて使用できるよう改良した。
前世では主に海外で行われていた、自然を用いた療法に近いかもしれない。
レニの遺した本には、前世の化学的な薬の作り方などは一切書かれていなかったのだ。
現在、グレイソンの訪問を受けた私は、それらの知識について屋敷の客室で彼に説明していた。
グレイソンの傍らには、キラキラしたまなざしを婚約者に送るメリルもいる。
(完全に恋する乙女の顔だ……)
美少女メリルを顔で判断しないグレイソン。
そんな彼に、少女漫画の主人公はときめきを隠しきれない様子だった。
「それでは、今回持っていく薬について説明させてもらいますね」
残念ながら、この世界では前世と同じような薬品は作れない。
もっと知識があればよかったが、普通の学生だった私には、どこでも通用するような薬品知識はなかった。
「持参する薬は、西の国にもともとある漢方薬と……アスタール領の薬を改良したもので、植物・動物・鉱物などから作られる薬です。中には毒性のある素材も混じっていますので、取り扱いには注意を要します」
私は瓶に入った液体をテーブルの上に並べた。
「こちらは植物を一週間から一ヶ月アルコールに漬け、あとで濾した薬です。ハークス領やアスタール領で用いられることが多いですね。もう一つは鉱物を精製したものです。使える薬はなんでも使えの精神で行きますよ」
今回グレイソンに同行するのは、私とリカルドだ。
領主の不在はよくないが、アスタール家の場合、リカルドの両親やリリーの両親が近くにいるため融通が利くのである。
こちらとしても、リカルドが一緒なのは心強い。いろいろな意味で……
(ドレスの採寸も一ヶ月後に迫ってきているから、気が抜けないんだよね!)
そうして、諸々の準備を整え終わった私たちは、数日後に東の国へ向けて出発したのだった。
※
東の国への移動は馬車によるものだった。
馬で早駆けするほうがいいが、乗馬慣れした人間ばかりではない。
特に今回引き連れていく医師たちは、馬に乗れない者が多かった。
私はリカルドと一緒の馬車で移動する。グレイソンの馬車には好奇心旺盛なメリルも乗っていた。城での暮らしを窮屈に思っているメリルは、何かと外へ出かけたがる。
そして今、移動中の私の隣の席には大きな袋が鎮座していた。
出発前にメリルから「お兄様からの差し入れです!」と渡された巨大菓子袋だ。
「……うう、マーロウ様め。こういうものは、エレフィス様にだけ、あげればいいのに」
菓子袋に圧迫されて座席が狭い。向かいの席に座るリカルドも苦笑していた。
「あとで、医師たちに分けてやろう。甘い物好きもいるみたいだからな」
「消費してくれる人が多いのは助かるね」
以前馬車に乗ったときのように、移動中に太ってドロワーズの股下が裂ける事態は勘弁願いたい。
馬車に揺られていると、最近の疲れも相まってウトウトしてしまう。
「ブリトニー、菓子袋にもたれるのもいいが、こっちへ来ないか?」
「えっ……?」
リカルドが控えめに手招きし、自分の座席の横を手で指し示す。隣に座って欲しいという意味だ。
「う、うん……」
菓子袋よりスリムになった今、私は無事リカルドの隣にすっぽり収まった。
彼に肩を抱かれ、寄りかかる形でそわそわしながら目を閉じる。
御者の頑張りにより、私たちは予定よりも数日早く東の国に着いた。












