244:たこ、かに、マグマ
そうして、一月もしないうちに西の国からアスタールの屋敷へ大量のノートが送られてきた。
王都から領地に戻った私とリカルドは、山のようなノートを前に言葉を失う。
「グレイソン殿下は、遠慮という言葉を知らないらしいな」
「予想以上の量だったね。ちなみに、引き受けた時点で、アクセル様は強制帰国させられたらしいよ」
「大丈夫なのか、ブリトニー。訳すといっても、かなりの量だぞ」
「やるしかない! アクセル様の件も助かったけれど、なにより西の国との取り引きはおいしいもの。衛生用品、化粧品、薬の材料……売れるものは沢山あると思う。そういえば、リカルド……そろそろ、アスタール領で収穫祭の準備も始まるんだよね?」
毎年秋の初めに開かれる収穫祭だけれど、私たちの結婚式が夏にあるので、今年は早めに準備を進めることになった。
ハークス領の収穫祭は地味で小規模なので、アスタール領の大々的な祭りが楽しみだ。
「可能なら、当日はお忍びで祭りに参加してみるか?」
「する!」
私はビシッと右手を挙げた。
リカルドと一緒に祭りに参加できるなんて、考えただけでもウキウキする。
「可愛いな、ブリトニーは」
満足そうに笑うリカルドは、いつものように私を抱きしめる。相変わらず、スキンシップが多い。彼の口からナチュラルに「可愛い」という言葉が出てくるので、気恥ずかしくてしどろもどろになってしまう。
部屋にある鏡に映った顔は、予想通りゆでだこのように真っ赤だった。
「そろそろ、慣れそうなものだけどな?」
言いつつ、さらにリカルドが密着してくる。
至近距離に彼の顔が来て、ゆでだこ状態からゆで蟹に進化してしまいそうだ。
「慣れないよ。リカルドは好きだけど、恥ずかしいもの」
「これはこれで、いつまでも新鮮で嬉しいな」
指を伸ばして私の顔をロックオンしたあと、リカルドの唇が下りてきた。
(何を伝えても褒めてくれそう)
そのくらい、今のリカルドは甘々だ。唇をはむっと食まれ、流れるような動きで抱き上げられる。
「んむっ、リカルド。私には、今から大量のノートを訳すという仕事が……」
「期限は決まっていないのだから、気長にやればいい。せっかく二人ともゆっくり過ごせるのだから、夫婦の時間を優先しよう。ブリトニーが、もっと俺に慣れるまで」
そう告げられ、初夏の庭へとドナドナされた。
アスタール領はハークスよりも温暖で日差しも明るく、まさにキラキラ輝く海辺の街といった感じだ。
同じ海辺でも、ハークス領の西に位置する、岩場だらけの険しい海とは異なり、砂浜も広がっていた。
てっきり、庭を散策するものと思ったけれど、リカルドは足を止めずに庭を通り過ぎ、別の入り口から再び屋敷へ戻る。
(これは、リカルドの部屋へのショートカットルート!)
本当に、最近のリカルドは……
屋敷の人たちは、微笑ましそうに私たちを見守っている。
(恋愛耐性ができる日は来るのかな?)
移動中も甘い言葉を囁かれ続け、もはや顔面が、ゆで蟹を通り越してマグマのように赤くなっているのではと思う私だった。












