237:お土産懐柔作戦と未来について
そうこうするうちに、マーロウやエミーリャもやってきた。
先に二人で話をしていたみたいだ。
「久しいな、リカルドにブリトニー! ブリトニーは少し痩せたんじゃないか? ちゃんと食べているのか?」
「ぐふっ! マーロウ様、お気遣いなく。きちんと食べています」
お菓子を受け取ってくれるエレフィスがいるのだから、彼女を太らせるだけで満足してほしい。
私には、標準体型でウエディングドレスを着るという目標があるのだ。
焦っていると、エミーリャも話しかけてきた。
「やあ、ブリトニー、また領地で楽しそうなことを始めるみたいだね。近頃、アンジェラがいつにも増してご機嫌なんだ。彼女は自ら動いて何かを作り出す活動をした経験が少ないから嬉しいみたいで。感謝するよ」
「いえいえ、私も近くにアンジェラ様が住んでいるので心強いです」
皆でわいわいと楽しいひとときを過ごしたあと、私は密かにマーロウに「ヴィーカに面会したい」とお願いをしてみた。
実は、前からヴィーカともう一度話がしたいと考えていたのだ。
断られるかと思ったが、あっさり許可を取り付けられる。
特別な囚人用の塔にいるヴィーカとジルだけれど、格子越しに会話することは可能みたいだった。
話すだけでは害なしと判断され、許可が下りた模様。
(少し前から感じていた、違和感の正体をヴィーカ様に確認したい。彼女にはまだ、話していない内容がある)
簡単な差し入れを持った私は、案内係の兵士と共に一人で塔に上った。
塔の中は意外と綺麗で環境が整えられている。
最上階の一番広い部屋にヴィーカはいた。
牢屋にしては豪華な造りの部屋で、北の国の王族に対する配慮が感じられる。
隣の牢には、話し相手になるためかジルもいた。
もちろん、二つの牢の間には仕切りがあるし、さすがに互いのプライベートな空間は見えないように配慮されている。
私を見て、牢内の椅子に腰掛けたヴィーカは意外そうな顔に、ヴィーカの部屋に近い位置でしゃがむジルは不機嫌そうな顔になった。
ヴィーカを盲信するジルは、彼女と二人きりの牢屋生活を満喫していた模様。
突如現れた第三者が邪魔なのだろう。
「ブリトニー、また会えるとは思わなかったわ。リカルドと結婚して、アスタール領に移り住んだようね」
「はい。今日は別件で城を訪れていて、ヴィーカ様としたい話があったので来ました」
「そう、塔の中は退屈だから嬉しいわ」
彼女の言葉は事実のようだった。
「毎日ジルが煩くてね。ここへ入れられてから彼の機嫌がいいのよ。無視しても話しかけてくるし、一人で幸せそうに笑っているし」
「ヴィーカ様と一緒なのが嬉しいんですね。今も、ずっとこっちを見ていますよ」
ジルは隣の牢屋から鋭い視線を、ついでに「早く帰れ〜」という念を飛ばしてくる。なんか嫌だ。
ヴィーカも毎日がこれでは、ストレスを感じるのでは……と思う。
「それで、話とは何かしら? どうせなら楽しませてちょうだい」
「楽しめる話ではないかと。質問したい内容があるんです、前々から腑に落ちないことがあって、ヴィーカ様に答えを聞きたくて」
「あらまあ、回りくどい」
「だって、ヴィーカ様は、前に聞いたときは全部を教えてくれなかったでしょう?」
「そうだったかしら。なら、答え合わせくらいはしてあげるわ。こんなことになっちゃったし、私はもう、ここで自分から何かする気はないのよね」
「わかりました。じゃあ、お願いします」
そこで、今まで考えていた仮説を彼女に告げた。
「おそらく、少女漫画の「メリルと王宮の扉」は、ヴィーカ様の完全なオリジナル作品ではないと思うんです。あなたが想像で補完した部分はありますが、大元は創作じゃなくて、ヴィーカ様の知る現実の話だったりしません?」
この世界のところどころに存在する違和感。
あっさり捕まり、いろいろと投げやりなヴィーカ様の転生事情。
少女漫画のとおりではない部分に、漫画と全く関係のない諸々。
(何かがおかしい)
彼女には意図的に伏せている事実があるのではないだろうか。
「憶測でしかないですが、ヴィーカ様は話を創作したのではなく、知っていたのではないでしょうか?」
「いきなり何を言い出すの?」
「あなたは、もともとこちらの世界で暮らしていて……亡くなったあとで、日本へ転生したのでは? そうして、以前の世界で起こったことを漫画にしたのではありませんか?」
ヴィーカは椅子から立ち上がると、つかつかと私の方へと歩いてくる。
「以前お聞きした話では、あなたは北の国の王女ヴィーカの生い立ちを……登場人物ではないにもかかわらず、全部正確に把握していた。ここからは憶測ですが……」
「いいわ、話してみなさい」
「あなたは北の国のヴィーカ王女として一度目の生を受け、死亡後に現代日本へ転生されたのではないでしょうか」
格子越しに、間近で私と向かい合った彼女は、面白そうに口の端を釣り上げる。
ヴィーカからは、どこか満足げな気配が感じられた。
出会ってからずいぶん経つのに、まるで初めて私という存在を「登場人物」や「転生者という異物」としてではなく、一人の対等な存在として認めた共犯者へ向けた表情。そんな風に思える。
少し沈黙したあと、ヴィーカは静かに答えた。
「ええ、正解よ。そして、あちらでは漫画家をしていた。でも、途中で死んでしまったわ。それから、同じヴィーカ王女として転生をしたの。せめて、メリルとか……別の人物に転生できれば良かったのに、またヴィーカでがっかりしたわ。北の王女の人生ってハードモードなんだもの、あなた以上にね」
「北の国は殺伐としていますからね。で、ここからが本題なのですが、一度目のヴィーカ王女が……あなたが亡くなったのはいつですか? 少女漫画の二部やら三部やらの話があったということは、今よりも先。つまり、未来なのでは?」
ヴィーカがまた、意味深な笑みを浮かべた。正解のようだ。
こちらの世界と少女漫画の世界が完全に一致せず、ところどころ矛盾があったのはそのためだろう。他にも転生者がいたことは、ヴィーカにも予想できなかったみたいだが。
つまり、ここは漫画ではなく現実の世界。
日本のあった世界とはまた別の場所であるだけで、漫画家が空想した架空の世界というわけではないのだ。
以前、ヴィーカが話していた神様云々についても、どこまで本当か怪しい。彼女もルーカスと一緒で非常に癖が強いからだ。もうやだ、北の国の王族。
(でも、ちょっとスッキリしたかも。自己満足だけど)
それに、そうとわかれば、こちらも助かるというもの。
未来を知る人物がいるのは、なにかと便利だ。懐柔したい。
「ヴィーカ様、ものは相談なのですが」
「ブリトニー……そんなことだろうと思ったわ。ちゃっかりしているわね」
「もちろん、ただでとは言いません」
私は、ここぞとばかりに、西の国との諸々に関して現状打破したいと彼女に相談した。
けれど、結果は芳しくない。
「つまり、西の国との友好関係を保ちつつ、西の侯爵には手を引いて欲しいと。あちらの転生者の代わりを務めるのは勘弁願いたいというわけね」
「そうです。いくら転生者だからといって、医療の素人を当てにされちゃあ困るんですよ。あっちでは平凡な学生でしたから」
「あらあら、面白いわね。まあ、頑張りなさいな」
「……助けてくれないんですか?」
「助ける理由もないし、そちらに関しては、私の知っている範囲外の出来事だから、アドバイスしようがないわね」
「……そんなぁ」
「そもそも、一度目の人生とは、何もかもが違ってきているの。だから、これから先のことは予測不可能なのよ。ところで……」
ヴィーカ様は、私が持ってきた荷物に目を落とした。
「それは何かしら。見たところ、お土産のような?」
「ええ、衛生用品と美容セットを一式持参したのです。ヴィーカ様が助言して下さった際のお礼として。しかし困りました、何の収穫もなしではお渡しできませんね」
「……あなた、だんだんルーカスに似てきたのではなくて?」
「いいえ、これはうちの従兄の影響かと思います。では、失礼しますね」
「ちょ、ちょっと待って!」
振り返った私は、ニヤリとブリトニースマイルを浮かべる。
(勝った……)
お土産の魅力に負けたヴィーカは、「これは、確実な未来ではないけれど」と前置きし、第三部で書く予定だった出来事を教えてくれた。
「西の国については、メリルとの婚約話が浮上することしかわからない。けれど、東の国で発生する事件に気をつけなさい。私の前前世では伝染病に関する騒ぎが起こって、中央の国へも影響が出ていたわ。北の国は無事だったけれどね」
「人から人へうつる病気ですか?」
「いいえ。人々がそう思い込んでいただけなの。原因は別にあって、人にも動物にもうつらない病気だったのだけれど、それが判明するのはずっとあとになってから。間違った対応のせいで、多くの助かる見込みのある人々が亡くなったわ」
私は不可解に思いつつ、ヴィーカに先を尋ねる。
「原因はなんだったのですか?」
「水よ、水」
「飲み水? 煮沸しても駄目なんですか?」
「そうじゃないの。東の国へ行くのなら、川や水田に気をつけて。私も聞いただけだから詳細までは知らないけれど、暑いからって泳いだり、裸足で田んぼに入ったりしちゃ駄目みたいよ」
よくわからない話だけれど、東の国へ向かう予定はないから大丈夫だろう。
「ブリトニー、答えたのだから、お土産をちょうだい」
ヴィーカの視線は手荷物に注がれている。
期待した答えはもらえなかったけれど、東の国についての話が聞けたので、私は格子越しに手荷物を差し出した。
「囚人用のアメニティって、イケてないのよね。ハークス産のものなら嬉しいわ」
「今日お持ちしたのはアスタール産です。原材料が違うんです」
「あら、そうなの。リカルドとは上手くいっているみたいね。ブリトニー・ハークスが恋愛結婚をするだなんて、今世で一番予想外だったわよ」
失礼な言葉を吐くヴィーカの興味は、すでにお土産にうつっている。
ジルの視線もそろそろ痛くなってきたので、私は挨拶を済ませて塔を出たのだった。












