234:うっかり和菓子の罠
そして、翌日――
この日は朝から、菓子折りを持ったサラが謝罪をしにきた。
(目の下にクマができているような)
昨日の今日なので、相当疲れているのだと思う。彼女に同情してしまった。
「ブリトニー様、昨日は申し訳ありませんでした! 後日、アクセル様が正式に謝罪に……」
「そんな大ごとにしなくていいよ。お菓子、ありがとう」
「ですがっ」
「そうだ。少し上がっていけば? 話も聞きたいし」
サラならまともに話ができそうなので、昨日のことについて詳しい事情を知りたい。
セシリアに訳がわからない理由で罵られて、アクセルが来て、あっという間に帰ってしまったので……
「ええと、サラは、あのあと大丈夫だった?」
「アクセル様が怖かったですね……じゃなくて、はい、大丈夫です!」
全然大丈夫じゃなさそうだな。
「サラにもらった、お菓子を開けてみようかな」
「ふふ、我が国の自慢の品です」
包みを開いてみると、透明なガラスの箱が出てくる。
その中には、色鮮やかな可愛らしい、見覚えのある菓子が規則正しく並んでいた。
「……和菓子」
懐かしい感覚にとらわれた私は、思わずそう呟いてしまった。
(こちらの世界にも、和菓子があったんだ?)
考えていると、サラが目だけで静かに笑う。
「……っ!?」
なぜか、薄ら寒いと感じられる微笑みだった。
熱を帯びているようだけれど冷たくて、どこか怖いと感じてしまう。
先ほどまでの人畜無害な彼女はどこに!?
「……そう。ブリトニー様は、和菓子をご存じなのですね。ふふっ」
「ええ、あはは……いや、どこかで見たような気がしただけですけど」
なんだこれ。
「やはり、アクセル様のおっしゃっていたことは真実でしたか。ブリトニー様は、彼と……レニ様と同じ! 見つけた!」
サラの目に狂気じみた光が浮かんでいる。
(やばい。よくわからないけれど、罠にかけられたような嫌な予感がする。誤魔化そう)
私はとっさに嘘を重ねた。苦しい言い訳だけれど……
「西の国で有名な菓子なのでは? だから、聞いたことがあったのかも?」
しかし、それを聞いたサラは嬉しそうにニタリと笑う。
「これの作り方は、私とセシリア様しか知らないのですよ。レニ様直伝ですからね」
「……っ!?」
私は、とんでもない失言をしてしまったらしい。
人が変わってしまったような彼女は、熱に浮かされた様子で話し続ける。
「真珠の件といい、あなたの知識は興味深い。アクセル様のおっしゃった通りです! すばらしいです!! ブリトニー様は、レニ様と同じ!!」
(レニって確か、グレイソン殿下が言っていた人だよね)
アクセルに向かって、彼が「レニはもういない」と話していたのを覚えている。
(そして、アクセル様が、やたら私に執着してくる理由は彼なのかな。和菓子を作っていたということは、私と同じで元日本人?)
だとしたら、ものすごい失言をしてしまった。
前世の記憶があると言うことは、他の人に知られてはいけない。
今までだって、私の素性を知るのは南の国の二人を除けば、ごく身近な人たちだけだったのだ。
訂正しなければ!
「サラさん。あなたが何を言っているのか、私にはわかりかねます」
「レニ様はヴァンベルガー侯爵の、お抱え医師です。領内に数々の医療知識をもたらしてくださいました」
聞いていないにもかかわらず、サラは次々にレニについて話し出す。
「セシリア様の兄で、アクセル様の親友でした。すごく賢い方で、私には考えも及ばないようなことを度々やってのける方で……ブリトニー様と同じで石鹸の開発も行っていました」
アクセルやサラがやたらと私に興味を持つのは、彼の医療行為が前例のないものばかりだったからだという。
同じ石鹸を作った私なら、彼の代わりができるのではないかと……アクセルは私を引き抜くために、王子に同行して中央の国へ来たらしい。
(誰に教わったわけでもないのに、レニは漢方薬の知識を持ち、独自の医療行為をしていた……と。やっぱり、この世界の人じゃなさそう)
でも、彼と私には決定的な違いがある。私に同じような知識を求められても困るのだ。
「そのレニさんという人は……医師だったんですよね?」
「そうですが」
「残念ながら、私に医療の知識はないんです」
前世はまだ学生で、社会に出てもいなかった。
私が作り出すあれこれは、趣味だった美容知識を元に生み出したものばかり。
近所の薬局でアルバイトをしていたけれど、医大や薬科大に通っていたわけではない。
そちらの方面に関してはド素人だ。
「サラさんの期待には応えられないです。アクセル様にも、そうお伝えください」
「で、ですがっ! 真珠が薬になることをご存じでしたよね!?」
「あー……知識だけなら多少は。ですが、他人の症状を見て処方したりはできないですよ」
私の頭にあるのは、あくまで趣味の知識と商品知識のみ。
彼女たちも納得すれば、さっさと諦めてくれるはずだ。












