233:お説教される突撃令嬢
「やっほー、子豚ちゃーん!」
アクセルを迎えに出た私は、早くも後悔した。
(テンション高っ!)
リカルドも完全に出鼻をくじかれて……はいないようだ。
私よりも、彼はしっかりしている。
「ヴァンベルガー侯爵。遠いところを遙々ようこそ、お越しくださいました」
彼が浮かべる、にこにことした微笑みからは、「帰れ~、早く帰れ~」という念が感じられた。
「いやいや、たいした距離じゃないよ。それより、うちの従妹がこちらに来ていないかい?」
「ええ、いらっしゃってます。奥でお待ちですよ」
「まったく、彼女には困ったものだよ」
あ、あれ……?
苦笑いを浮かべるアクセルの目が、ほんの一瞬鋭く光ったような……
(気のせいだよね?)
私は彼を案内して客室へ戻る。すると、中では騒動が起きていた。
「いーやーよー! 放してっ、放しなさい、サラ!」
「駄目です! アクセル様から逃げようったって、そうはいきません! もとはといえば、勝手にこちらに押しかけたあなたが……」
そこで、二人は私たちの存在に気づいた。
アクセルを目に留めたセシリアは一瞬青くなったが、諦めたのか開き直った態度に出る。
「な、何よ! 私が何をしようが私の勝手でしょ!?」
彼女の態度は、どこかアクセルを威嚇しているように思えた。
「だいたい、なんなのよ! 凄い逸材を見つけたとか、気に入った女の子がいるとか言うから来てみれば……あんな女、ただの豚じゃない!! こんな奴の、どこがいいのよ!!」
「……セシリア、一度、黙ろっか?」
アクセルはにっこり微笑む。
(いやいや、常識人ぶって説教モードに入りかけていますけど、あなたも私のことを「子豚ちゃん」呼ばわりしていますからね?)
まあ、彼からはセシリアのような悪意は感じないのだけれども。
「嫌よ、黙らないわ! 私、認めたくない! アクセル、目を覚ましてよ! 豚に騙されないで!!」
セシリアはなんだか泣きそうになっているけれど、むしろ泣きたい立場なのは私の方では?
なんせ、罵詈雑言のオンパレードだ。ここまで恨まれるような覚えはない。
アクセルはセシリアを見ると、笑みを崩さないまま答えた。
「いいかげんにしないか、セシリア」
先ほどまでと違い、声音が明らかに低い。
セシリアは一瞬ひるんだ様子を見せたあと、目に大粒の涙を浮かべ始めた。
「アクセルの馬鹿ーっ! ひっく、うわぁぁん!!」
なんだ、これは……
微笑むアクセル、大泣きのセシリア、オロオロするサラ。
そして戸惑いながら、それらを眺める私とリカルド。
(人ん家の応接室で、修羅場を繰り広げないでくれますかね?)
しかし、勝手に客人を追い出すわけにもいかない。私とリカルドは、事態の収拾を図らねばならなかった。
「あのー……ひとまず落ち着いてください」
「俺は落ち着いているよ、子豚ちゃん?」
「うっさいわよ、この豚女!! あんたのせいで、アクセルに怒られたじゃない!」
(ええー……私のせい?)
げんなりしていると、リカルドが後ろから私を抱き寄せる。
そして、彼はアクセルやセシリアの方を見て、毅然とした態度で告げた。
「いくら、ヴァンベルガー侯爵のお身内といえど、妻へのこれ以上の侮辱は許せません。即刻、お引き取りください」
リカルド、優しい。好き。
そして、アクセルはと言えば……
「そうだね、今日のところは帰るよ。従妹をこのままにはしておけないから……即刻、本国へ送り返さないと」
「嫌ぁっ! 嫌よ、アクセル!! それだけは、やめてちょうだい!!」
「なら、セシリアは……アスタール伯爵夫人へ謝罪しなさい」
アクセルは、涙でドロドロになった顔のセシリアに命令する。
かなり嫌そうな様子のセシリアだけれど、強制送還は免れたい様子。
とてもふてくされた顔をしつつ、私の方を向いて口を開いた。
「……ごめんなさい」
子供か! という感想はさておき、ここは穏便に収めた方が良いだろう。
私は努めて笑顔を浮かべた。頑張れ、私の表情筋。
「セシリア様の謝罪を受け入れます」
そう返せば、サラがあからさまにホッとした表情を浮かべた。彼女、苦労人だよね。
そのあと、リカルドが直ちに西の国の三人を見送る。
結局、彼女たちの目的はわからないままだった。












