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転生先が少女漫画の白豚令嬢だった  作者: 桜あげは 
12歳

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22:お忍び王太子がやってきた

 ノーラは無事に自分の領地に戻り、レモン畑を視察に行っていたリュゼも戻ってきた。

 レモンは順調に育ちそうだとのこと。

 私は、相変わらずの生活を続けているが、これといった進展はない。


「ブリトニーは、もうすぐ十三歳になるね」

「はい、そうですね……」


 依然として、婚約者ができる気配はない。


「そろそろ、あちこちのパーティーに参加してみるかい?」

「えっ……パーティーですか?」


 この世界の社交デビューは、ずいぶん早いらしい。


「うん。以前の君なら心配だったけれど、最近はしっかりしてきているし……そろそろ本格的に婚約者を探してもいいかもしれないよ。この領地に閉じこもっていては、出会いに限りがあるしね」

「ええと……」

「社交デビューを待っていたら、約束の期限が切れてしまうけど」

「……」


 この漫画の世界では、女子の社交デビューは十六歳くらいのようだ。

 しかし、小さなお茶会やパーティーなどは、ブリトニーの年齢でも参加できる。

 私はまだ令嬢同士のお茶会しか出たことがないけれど、パーティーでは、うまく行けば会場である家の息子や、その友人たちとの出会いがあるのだとか。

 そういうリュゼは、あちこちのパーティーに誘われているのだが、忙しくてなかなか参加できずにいるらしい。

 ……今は領地を立て直すことで、精一杯みたいだものね。


「当日は僕も一緒に行くから、前向きに検討してほしいな」


 イケメン顔を最大活用したリュゼは、にっこりと私に笑いかける。けれど……


(リュゼお兄様、顔と言動が一致していません)


 彼の目は、「参加を拒むことは許さないぞ」と雄弁に語っていた。

 ……最近、従兄のことがわかってきたかもしれない。



 さて、この漫画の世界にも化粧品らしきものはある。

 貴族の間では、美白やメイクは推奨されているのだ。ただし、「ほどほどに」という言葉がつくけれど。少し前まで、ブリトニーも子供のくせに妖怪のような厚化粧をしていた。


 ただ、化粧品の中には粗悪な品もあり、白粉などは穀物の粉から作られているものの他に、鉛入りのものもあるようだ。鉛は、人体にとって有毒なのである。


(……元の世界みたいに、ラベルに成分が書かれていないから、回避しようがないけれど)


 なので、これも手作りでなんとかするしかない。子供なので、そこまで厚塗りするつもりはないが、全くの素っぴんというのも浮いてしまうので微妙なのだ。


 この世界は「パーティーに出るためには、子供も最低限の化粧が必要」という世知辛い場所なのだった。

 私は、また前世の趣味を思い出した。


(たしか……トウモロコシのデンプンや泥、二酸化チタンでファンデーションを作れたはずなんだけど。材料ないしなあ)


 二酸化チタンってどうやって入手すればいいんだろう。

 とりあえず、入手できる自然な材料だけで白粉を作ることにする。


(あとは、自分の素肌をキレイに保とう……うん、手作り化粧水でも作ろうかな)


 私の体重は、また少し減ってきたようだ。なんとなく、足が細くなった気がする。


(目指せ、機敏な子豚。絶対に婚約者を捕まえて死刑を回避する!)


 改めて心の中で決意表明しながら研究室に向かう。


 すると、部屋の前に見知らぬ金髪の男性が立っていた。

 金髪は金髪でも、リカルドのような濃いオレンジがかった色ではなく、純粋な淡い金色だ。


(誰だろう?)


 不法侵入者かと思ったが、それにしては身なりが良すぎる。祖父の客人かもしれない。

 そんなことを考えていると、男性がゆっくりこちらを振り向いた。


「……!」


 この人、見たことある!

 私の前世の知識と彼の顔が見事に一致した。

 目の前の金髪男性は、この国の王太子でマーロウという名前だ。

 主人公メリルや悪役令嬢アンジェラの兄である。


(なんで、この人がうちの屋敷に? 本来なら、こんな場所にいるはずのない人なのに。リュゼお兄様が友人だと言っていたけれど……まさか、呼んだの?)


 漫画で何度かでてきた王太子マーロウは、優しくて完璧な人物だ。

 けれど、彼は物語の途中で刺客に襲われた主人公メリルを庇って死んでしまう。

 確か、ブリトニー死亡よりも先に。

 だから、最終的にメリルが王位を継ぐことになるのだ。


「やあ、お邪魔しているよ。君がリュゼの言っていた従妹なのかな?」

「は、はい、ブリトニーと申します。お初にお目にかかります、お会いできて光栄です」


 緊張してかしこまる私を見て、王太子は困ったように笑った。


「おや、私が誰だか知っているのかい?」

「は、はい……従兄のご学友の王太子殿下、ですよね? なんというか、オーラが違うのでわかりました」


 適当なことを言い、私は前世の知識をごまかす。

 リュゼや祖父だけに連絡して、お忍びで来ているのだろうか。

 彼が我が家を訪れるなんて聞いていない。


「急に来たからな、驚かせてしまってすまないね。でも、ちょうど君に会いたいと思っていたのだよ」

「私に、ですか?」

「ああ。リュゼが言っていた、『石鹸を発明した従妹』というのが気になって」


 ……私は、王太子がわざわざ会いに来るようなすごい人間ではない。

 ただ、自分を消臭したくて素人作品を作っただけだ。


「そうだ、君にお土産を持ってきたんだ。よかったら、食べてくれ」


 にこにこ笑う彼が手渡してきたのは、可愛い模様の書かれた箱だった。


「あ、ありがとうございます。こ、これは?」

「学生時代からリュゼが、『従妹はお菓子が好きだ』と言っていたからね。そのことを思い出して、焼き菓子をたくさん買ってきたのだよ」

「……まあ、わざわざ。嬉しいです」


 焼き菓子なんぞ、ダイエットの天敵だ。

 いや、大好きだけど、焼き菓子に罪はないけど。


(うわぁ、これ、どうしようかなあ。今は食べられないんだよな……)


 王太子と話をしていると、リュゼがやってきた。


「マーロウ殿下、ここにいらしたのですね。勝手に庭に出られるなんて、探しましたよ」

「ああ、リュゼ。君の従妹と話をしていたのだよ。話に聞いていたのとは少し違うご令嬢みたいだが」

「……この年代の女の子の成長は早いですからね。それより、石鹸の研究室を案内しますよ」


(今、なんか誤魔化したな?)


 一体、王太子に何を言っていたのか……非常に気になる。


 リュゼは、私の生み出した石鹸などの他に、自分でもワインの生産や馬の品種改良などを行い、手堅く収入を増やしている。流石だ。

 今度は、レモンの加工について色々調べているみたいなので、「ぜひ、レモンヨーグルトを」と、さりげなく前世の好物をアピールしておいた。

 ハークス伯爵領は一応牧畜業が盛んなので、ヨーグルトやチーズには困らない。


 研究室で、王太子は興味津々な様子で器具や材料をいじっている。


(見られてまずいレシピは、ここにないからいいけどさ)


 乾燥中の石鹸を物欲しげに見ているけれど……それは、まだ固まっていない。


「ブリトニー、君は王都に来る気はないだろうか?」

「えっ……?」


 唐突な王太子の言葉に、私は驚いて瞬きした。


「王都には、もっと君の活躍できる場がある。今より知識も広がると思うのだが」


(こんなところにも、アンジェラ取り巻き王都フラグがー!)


 もちろん、私は薄っぺらい笑顔を貼り付け、彼の提案をお断りした。


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