226:白豚令嬢、タッグを組む
数日滞在したあと、アンジェラは「また来ますわね!」という言葉を残し、帰っていった。
彼女もなかなか忙しい身だ。
公爵夫人の見送りを済ませ、リカルドと一緒に屋敷へ戻る。
「私も頑張らないと……こってりスープが飲みたい、ぐふふ」
「おい、ダイエットはどうした?」
「やっぱり、我慢する」
処刑という最大の危機を回避してしまったので、やはり身が入らないようだ。
(だめだめ! 最近の私は、たるんでいる!! 本気で気をつけなきゃ!)
自分を戒めるように、その場でスクワットを始める私に向かって、リカルドが告げた。
「一人では辛いだろう。俺にできることがあれば、協力しよう」
「リカルド……」
「夫婦になるんだ。ブリトニーは、なんでも自分で抱えて解決してしまうが、俺くらいには甘えて欲しい」
本当に彼は優しい。
「そ、それなら、お言葉に甘えて……もし、私が食べ物の誘惑に負けそうになったら、今みたいに止めて欲しいの」
「任せてくれ。きちんと止めてやるから、安心しろ」
応えてくれるリカルドの言葉が心強い。
「あと、剣術の稽古に付き合って欲しいかな」
「もちろんだ」
「ありがとう。リカルドも私に……あ、甘えていいからね!」
ちょっと恥ずかしいけれど、勇気を出して彼に伝える。一方的に甘えっぱなしでいる気はない。
私だって、リカルドの力になりたいのだ。
ほてった顔に手を当てながら、私はアワアワと恥ずかしがった。
そんな様子を見て、リカルドがふんわり微笑む。
「ああ、わかった。では、さっそくだが……」
「え、もう?」
「部屋まで手を繋いでいこう」
するりとリカルドの手が伸び、私の手を捕まえ、器用に指を絡める。恋人繋ぎだ。
以前も手を繋いだことはあったけれど、なぜか今日は、めちゃくちゃドキドキする。
「可愛いな。ブリトニー、真っ赤だ」
酔っ払ったときのように、可愛いを連呼するリカルド。しらふなのに。
彼は、すっかり私に甘くなってしまった。
恋愛偏差値の差は、広がる一方の気がする。
(精神年齢、私の方が高いはずなんだけど)
近頃のリカルドは、とても頼もしい。もう立派な「伯爵さま」だ。
素敵な彼の隣にいるのが、自分のような意志の弱い肥満令嬢でいいわけがない。
「ブリトニーのために、太らない食事も用意してやる。ハークス伯爵領で出していたような内容に変えればいいんだろ?」
「うん……」
「あと、夜食は禁止しておく。どうしても欲しいなら、朝にしろ」
いつの間にか、ダイエットに詳しくなっているリカルド。
彼の完全バックアップは、かなりありがたいものだった。
「ここへ来てからは俺が忙しかったから、ブリトニーと一緒にいる時間が少ないな」
「そんなことないよ。いつも、仕事の合間に会いに来てくれるし」
「今日は仕事に余裕ができたから、部屋で一緒に過ごそう」
十八歳の私よりも一つ年上のリカルド。
すっかりイケメン青年になった彼に、私は翻弄されっぱなしである。
最近のリカルドは穏やかで落ち着いている。様々な試練が、彼を成長させたのだろう。
……変な方向にも。
部屋に戻った私は、長椅子に座るリカルドの膝の上に乗り、彼と向き合っていた。
(どうして、こうなった?)
優雅に腰掛ける彼の強靱な膝は、私の体重などものともしない。
「リカルド、恥ずかしいんだけど」
「ブリトニーは、すぐに照れるな。俺たちはもう夫婦なんだ、そろそろ慣れてもらわないと」
「そう言われましても」
白豚モードの私に対しても、変わらず慈愛の目を向け、愛の言葉を囁くリカルド。
彼は、本当に、私が太っていても大事にしてくれるのだ。
そんなリカルドのことは大好きだけれど、それはそれ、これはこれ。
恥ずかしいものは恥ずかしい。
「顔が真っ赤だ」
言いつつ、リカルドは顔を近づけてくる。切れ長の緑色の瞳がきれいだ。
さらさらと流れるオレンジ色の髪が私の頬に触れ、唇を奪われる。
(え、夫婦って、いつもこんなことするわけ? しないよね?)
精神年齢が高いとはいえ、前世は未婚なので、夫婦のなんたるかなどわかるはずもない。
思わず後ずさってしまった。
彼が嫌いなわけではない。大好きだけれど、色々とハードルが高すぎるのだ。
困惑していると、それを察したリカルドがにこりと微笑んだ。
「逃げたら駄目だろ?」
「う、ごめん。恥ずかしくて……」
「慣れるためにも練習だな」
「……ぴぎっ!?」
私の旦那さんになる人は、割と容赦ない感じに育ってしまったようだ。
そういうのは、ぜひ仕事方面のみで発揮して欲しい。












