223:白豚令嬢、旅立つ!
そうして、時が過ぎ――
いよいよ、私がアスタール家へ旅立つ日がやって来た。
夏の晴れやかな空に、綿のようにモクモクとした雲が浮かんでいる。いい天気だ。
移動が苦にならないよう、シンプルで楽なドレスに身を包んだ私は、大きな鞄と一緒に馬車へ向かう。
見送りに出てくれたリュゼと、今後についての最後の確認を済ませ、私はしんみりした気分に浸っていた。
「ブリトニー、残りの荷物はあとで送るからね」
「はい、お兄様。ありがとうございます」
その間、祖父はずっとむせび泣いており、部下の兵士軍団に慰められている。
幼い頃から私を溺愛していた人なので、ものすごくショックを受けたに違いない。
「うう、ブリトニーが……ブリトニーが……」
「お祖父様、こちらにも顔を出しますから。アスタール家にも遊びに来てくださいね」
「行く!!」
祖父や兵士全員から、笑顔でサムズアップされた。
さりげなく、マリアやライアンも混じっている。
「私、いよいよ、ハークス伯爵領を出るんだ」
いざ旅立つとなると、ものすごく寂しい。
これから別の場所で暮らしていく実感が湧かないまま、私は迎えに来てくれたリカルドの手を取った。
私を受け入れる準備のため、少し前から彼は、ハークス伯爵領とアスタール伯爵領を行ったり来たりしていたのだ。
「ブリトニー、不安そうだな」
「そんなことないよ。図太さには定評のある私だからね」
「無理しなくていい。表に出さないだけで、ブリトニーがノミの心臓の持ち主だとわかっているから」
「えっ……!? バレているの!?」
そういえば、リカルドの前では、割と醜態をさらしていた。
今更格好をつけても、無駄だったかもしれない。
「向こうで、怖い思いや嫌な思いはさせないと誓う。何かあれば、遠慮なく俺に教えて欲しい」
「ありがとうっ……!? んっ!?」
そこから先は言葉にならなかった、リカルドが口づけてきたので。
短いキスを終え、彼は心底幸せそうな微笑みを浮かべる。
「本当に嬉しい、ずっとこの日を夢見ていたんだ。ものすごく遠回りになってしまったけれど、ようやくブリトニーと結婚できる」
「そうだね、遠回りだった」
二人で笑い合ったあと、リカルドは近くに立つリュゼの方へ歩いていく。
「リュゼ、世話になった。お前には、とても感謝してる」
「君のお父上が僕にしてくれたことを、返しただけだよ。それより、ブリトニーをよろしくね」
「ああ」
そして、今度はリュゼが私の方へ近づいてくる。
「ブリトニー、道中気をつけてね」
「はい。お兄様、今までありがとうございました」
「ふふふ、何を言っているの? 勝手に全てを終わらせないで欲しいな。ブリトニーにはハークス伯爵家とアスタール伯爵家の架け橋として、これから頑張ってもらわなきゃならないのに」
「へっ?」
「期待しているよ?」
リュゼが黒い笑みを浮かべている、これはアレだ。
アスタール伯爵領から仕入れる品を安くしろとか、無茶な要求を通せとか……色々言ってくる気満々だ。
同じ家の味方だと心強いけれど、他領の代表となると彼は厄介すぎる相手。
(負けるな、私! 次こそは、お兄様をぎゃふんと言わせてみせる!)
そんなこんなで、私は皆に見送られながら、アスタール伯爵領行きの馬車に乗り込む。
フカフカの座席の大きな馬車だ。
馬が歩き出し、見慣れた景色が遠ざかっていく。
ハークス伯爵領――色々あったけれど大事な、牧歌的な風景の広がる私の故郷。
窓の外の皆に向かって手を振りながら、私は長年暮らした領地をあとにした。












