222:白豚令嬢ついに結婚か?
「国王がアスタール伯爵家の跡取り問題を鑑みて、リカルドを次期伯爵にと提案されたんだ。これまでの、リカルドの活躍や国への忠誠心が評価されたみたいだ」
「……っ!?」
「だからね。リカルドは近々、アスタール伯爵領へ帰らなきゃならない」
私は驚いてリカルドを見た。国王の提案というのは、確定の意味合いが強い。
リカルドも驚いているので、リュゼから初めて聞いたのかもしれない。
彼の献身が報われたのは嬉しい。
けれど、リカルドが領地へ戻るのなら、彼とは離ればなれになってしまうのだろうか。
そんな心配をしていると、リュゼが呆れた目を私に向けてきた。
「ブリトニー、他人事みたいな顔をしているけど。君も一緒に行くんだよ?」
「ぐほっ!? どういうことですか!?」
「彼が次の伯爵になるなら、婚約者である君も同行した方が心証がいい。リカルドの評判は悪くないけれど、ミラルドの身内であることには変わりないからね。二人一緒の方が功績が強調されるし、お祝いムードが高まると思わない?」
「お兄様……」
「もちろん、行きたくないなら、うちに残ってくれていいんだよ? こっちは大歓迎だから。一生、嫁ぎ遅れてくれて構わないからね」
それは遠慮したいと思いつつ、私は困惑していた。
(わ、私……アスタール伯爵領へ行くんだ)
もともと、そうなるはずだったし、覚悟もしていたけれど。
流れに流れてしまい、このタイミングで嫁ぐよう言われても……なんか、しっくりこない。
何も言えないでいると、私の考えを察したのか、リカルドが前にやってきて告げた。
「ブリトニー、突然他領へ嫁ぐよう決められて、正直戸惑っているよな。けれど、俺としては……その、ブリトニーと一緒にいたい。共に、アスタール伯爵領へ来て欲しいんだ」
「リカルド……」
「お前と一緒なら、次期伯爵としても頑張っていける。だから……こんなことを頼むのは情けないけれど、力を貸して欲しい」
正直、根拠なく「一生幸せにする、ついてこい」などと宣言されるよりもぐっときた。
幸せかどうかなんて、結局言う側の価値観では測れないもので、言われる側の気持ち次第だしね。
そして、私はリカルドを手助けするのが嫌じゃない。二人であれこれ考えるのも楽しそうだ。
「もちろんだよ。私にできることは多くないけど、全力でリカルドを手伝う。アスタール伯爵領には、お金も資源もたくさんあるから、実験のしがいがありそうだよ」
「ここへ来て、リュゼに色々学んだ。それを、アスタール伯爵領でも生かすつもりだ」
リュゼはハークス伯爵家でリカルドを好きなだけこき使えるよう、仕込んだだけだ……
彼自身、こんなことになるなどとは予想していなかっただろう。
けれど、リカルドはリュゼに並々ならぬ恩義を感じているので、これからもハークス伯爵家には頭が上がらないと思う。
(恩着せがましく融通を利かせるように言われそう。リュゼお兄様、そういうところは抜け目ないよね)
私は、リカルドについてアスタール伯爵領へ行くと決めた。
決意を読み取ったリュゼが、淡々とリカルドに告げる。
「リカルド、前にも話したように、ブリトニーは少々特殊だ。彼女を狙う者が現れないとも限らない。絶対に手放さないように……僕は、ハークス伯爵領の外では、ブリトニーを守ってあげられないから。君に任せることしかできない」
「ブリトニーなら自力で撃退しそうだが、他の奴には決して渡さないと誓う。絶対に俺が守りきる!」
……リカルドが格好いい。
「ぐふふ、ぐふふ」
ときめきのあまり、顔がにやけてしまう。
そんな私を目ざとく発見したリュゼが、ため息を吐きつつ告げた。
「ブリトニー、余所の家へ行くのは大変だよ? うちの家みたいに、全面的に君に好意的でほとんどの意見が通るわけじゃない。前アスタール伯爵も夫人もいい人だけど」
「お兄様、わかっています。大丈夫、十二歳当時のアウェイ過ぎる環境に比べれば。アスタール家の人たちは天使のはずです」
「……だね。今のブリトニーなら大丈夫か」
そう、十二歳当時は、私も含めて皆酷かった。
(とうとう、結婚かぁ。この家とお別れするのは寂しいけど、リカルドだってハークス家へ来たときは同じ気持ちだったんだろうし。私も頑張らなきゃ)
「それで、時期だけど。リリー嬢が王城へ出発するのと同時に、アスタール家へ向かって欲しい」
「リリーが、城へ?」
「メリル殿下の侍女になるんだ」
「えっ! 侍女、リリーに決まったんですか!?」
「王家から、マーロウ殿下を通して、アスタール家に打診が来たんだよ」
たしかに、リカルドがアスタール伯爵を継ぐのなら、リリーの立場は微妙になってしまう。
彼女に夫ができた場合、その夫が野心家だった場合、リカルドと対立する恐れがあるのだ。
幸い、リカルドの父親とリリーの父親は仲良し兄弟だったが、誰もがそうとは限らない。
残念ながら。
(勝手な話だし、振り回されるリリーが気の毒だな)
けれど、リリーならメリルに意地悪はしないだろうし、家柄もいいし、侍女にしても安心な人材と言えた。
「それからブリトニー。大々的な挙式はまだだけれど、ドレス製作のこともあるのだし、そろそろ体型を決めた方がいいよ」
「ドレスを太った姿で着るか、痩せた姿で着るかということですか」
そりゃあ、もちろん、痩せた姿の方がいい!!
というわけで、私はまたしても、本格的なダイエットを始めるのだった。
※
部屋に帰ると、メイドのマリアがやって来た。彼女とも、長い付き合いだ。
記憶が戻ってまもなく仲良くなり、それ以来ずっと一緒。一番身近な存在だった。
「ブリトニー様、アスタール伯爵領へ行かれるのですね」
「うん。マリアも、話を聞いたんだね」
「私も、お供します」
「…………」
優しいマリアなら、そう言ってくれると思っていた。
私のために、洗濯係のメイドから、伯爵令嬢専属メイドにまで上りつめた子だ。
けれど……
「ごめんなさい、マリア。あなたは連れて行けない」
マリアが、はじかれたように私を見た。
まさか、断られるとは思ってもみなかったという表情を目にして、少し苦しくなる。
でも、伝えるべきことは、伝えねばならない。
「マリア、ライアンにプロポーズされたと聞いたよ」
「えっ。それは、その……」
「受けたいんでしょ?」
「は、離れた場所にいても、結婚はできます。だから……!」
幼い頃にできた、私のもう一人の友人である執事のライアン。
頭の良い彼は、今やリュゼの補佐として、なくてはならない存在だった。
特に、私とリカルドが揃って抜けてしまった際、ライアンの存在はより重要となる。
そして、それは、私の片腕として動いてきたマリアも同じだ。
「マリアには、今後のハークス伯爵領を支えてもらいたいんだ。領地の開発部門の全権を、私はマリアに託すよ」
「ブリトニー様?」
「私の代わりを務められるのは、一緒に開発や研究に携わってきたマリアだけ。できれば、ライアンと一緒に、この家に残って欲しいの」
それでも、どうしてもと言われたら、アスタール伯爵領へ連れて行くけれど。そうはならないだろうという確信があった。
マリアは責任感の強い子だから私の頼みを断れないし、何よりライアンの傍にいたいと願っている。
二人の関係を見ていれば、一目瞭然だ。
「ブリトニー様!!」
マリアは、私のふくよかな体に抱きついてきた。
「寂しいです。心配です」
「私だって心細いよ」
しばらくの間、私たちは互いに抱きしめ合っていた。六年の月日は長い。
「マリア、リュゼお兄様のことも、無理をしすぎないように見張っておいてね」
「かしこまりました。ライアンと協力して、しっかり監視させていただきます。ブリトニー様も、ご無理をなさらないように」
「もちろんだよ。あ、そういえば、仕事部屋に忘れ物をしたから、取りに行ってくるね」
マリアを部屋に残し廊下に出た私は、壁際に立っていた人物に笑いかける。
「……というわけで、マリアは連れて行かないから安心してね、ライアン」
顔を赤くしたライアンは、気まずそうに私を見て頭を下げた。
「ありがとうございます。でも、本当は、ブリトニー様にも出て行って欲しくないです」
相変わらず、素直で可愛い……!
私がそう言うと、屋敷の人間は揃って「誰だ、その純真な少年は?」と、首を傾げるのだけれど、ライアンは幼いときからまっすぐで賢くて、とにかく可愛い子なのだ。
リュゼの部下たちはライアンのことを「鬼畜」とか「ドS」なんて話しているけれど、そんなわけがないと思う。
「ほら、マリアが寂しそうにしていたから、行って慰めてあげて」
ライアンの背中に手を置いた私は、部屋の中に彼をバーンと押し込んで扉を閉めた。
グッジョブ、私。












