219:婚約者が眠れぬ夜
バタバタしているうちに時間は過ぎ、夜になってしまった。
寝る準備を終えた私は、よいしょとベッドによじ登る。
ハークス伯爵領と違って、この宿には風呂が普及していないが、お泊まりセットなど色々持ってきたため、なんとかなった。
宿の人が勧めてくれただけあって、ベッドが大きい。
私が幅を取ることもなくて一安心だ。
「あれ、リカルド。床に座り込んで、何しているの?」
「精神統一。邪念を頭から追いやっている」
「へぇ、さすが武人だね」
「……そういう意味じゃない」
複雑な表情のリカルドは視線をさまよわせ、立ち上がろうか逡巡している。
「そんなところにいたら冷えるよ?」
いつまでも床に座らせておくわけにはいかないので、私は布団をめくって、隣に来るようポンポンとシーツをたたいてみた。
「……っ!?」
その途端、リカルドがぎょっとしたように身じろぎし出す。顔が真っ赤だ。
「大丈夫だって、リカルドが紳士だってわかっているから。遠慮しないで?」
「………………」
長い沈黙が落ちた。
何かまずいことを言ってしまっただろうか。褒めただけなのだけれど。
リカルドは無言になり、ずんずんとベッドの方へ歩いてくる。吹っ切れたようだ。
(でも、ちょっと不穏な空気?)
近づいてきた彼は、勢いよく私の隣に寝転がった。
「これでいいか?」
「う、うん……」
今になって、私は気づいた。
(眠る体勢のくつろいだリカルド、色っぽくないですか?)
緑色の瞳に見つめられ、私はソワソワしながら視線を逸らす。
(恥ずかしい!)
心臓がドキドキうるさく、どうにかなってしまいそうだ。
少年の気配も完全に消えた今の彼は、大人の男性。急にそのことを意識してしまう。
(ひゃぁ~! 早まったかも、やっぱり私が長椅子で寝るべきだった!)
焦り出す私と反対に、リカルドは落ち着いてきたようだ。
相手が焦ると自分が冷静になる。これ、真理。
「どうした? ブリトニー?」
余裕さえ窺わせる表情で、リカルドが距離を詰めてくる。
大きな手が、ベッドに置いた私の手の甲に重なった。
さりげなく抑えられているので、逃げ出せない。
「ブリトニーが呼んだんだぞ?」
「ソウデスネ」
なぜだ。なぜ、私が押される状況になっているのだ!? 解せぬ……!
「一応、意識はされているみたいで、ホッとした。ブリトニーは、俺を異性として見ていないのではないかと心配になったから」
「ぐっ、ぐふふ……」
すぐ傍まで迫るリカルドにゆっくりと体重をかけられ、私は仰向けにベッドに倒れる。
リカルドも私の上に覆い被さるように重なり、唇同士が触れ合った。
緩慢な動きで体を離したリカルドは、そのまま私の横に移動して寝転がる。
「ブリトニー。頼むから、あんまり煽るな。俺だって、これ以上ないくらいに、お前を意識してしまっているんだからな」
「ぐほっ!」
互いに真っ赤な顔を見られないように明かりを落とす。
手だけを重ねた状態で、私たちは眠りについたのだが。
私のいびきのせいで、リカルドは眠れぬ夜を過ごす羽目になった……と、翌日知ったのだった。












