217:婚約者の精神年齢(リカルド視点)
俺が王都の関所に着くと、ブリトニーはちょうど門から外に出るところだった。
手間取るかもしれないと思ったが、かなり早く用事が済んだらしい。
すれ違わなくてホッとする。
馬から下りると、ブリトニーが駆け寄ってきた。
「リカルド、来てくれたの? リュゼお兄様は、戻ってきた?」
「ああ、領地のことは大丈夫だ」
とはいえ、何事もなく出かけられたわけではない。
来る前に、リュゼと一悶着あった。
……主に俺自身のせいなのだが。
※
ブリトニーの王都行きについて、ハークス伯爵領へ帰還したリュゼに話すと、ものすごい圧を纏った彼に詰め寄られた。
「へぇ? それで、君はノコノコとブリトニーを送り出したというわけ。あのババァが仕組んだ婚約話。大きな問題がなければいいけど、海外が絡んでいるのなら警戒する必要がある。僕なら、閉じ込めてでも行かせないね」
「ブリトニーは十八歳だし、何もできない子供じゃない。本人の意見を頭から無視するのは……」
彼女は、責任を持って行動できる意志のある人間だし、庇護してあげなければ何もできない相手ではない。
「そうだけど。君はざっくりとしか、知らないんだっけ? ブリトニーが持つ前世の記憶の話」
俺の考えが伝わったのか、リュゼが髪をかき上げながら視線を向けてくる。
確かに、簡単に話を聞いただけだった。
それでも、ブリトニーはブリトニーだし、過去がどうであろうと変わらないと思っていたけれど。
リュゼが懸念しているのは、そういった話ではない。
「変な相手の手に渡ると危険なんだよ、ブリトニーは。本人は無自覚だけれど、彼女の記憶の中には国を揺るがせてしまうものがある。リカルドも見ただろう? 火炎瓶とかいう武器を。あれをもっと強力にすれば、恐ろしいものができあがると思わない? 他に、あぶない薬の知識だって持っているし……どうにも危なっかしいんだよね」
「知識があるだけでは、武器を作れないだろう。薬にしてもそうだ。ブリトニーの世界は、おそらくここより文明が発達している」
ブリトニーの火炎瓶は、俺も見せてもらったことがある。あれはヤバい。
「今はまだ、この国の技術が追いついていないから、実現不可能なものも多い。でも、ブリトニーの発想をそのまま、作り出せるようになってしまったら駄目だと思うんだ。他国の内情は、僕でも全部把握できていないからね」
「確かに。お前の言いたい話は、わかった。今から急いで王都へ向かう」
母親と会って、ブリトニーが落ち込んでいるかもしれない。
「そうしてくれる? 僕も杞憂だと思うけど……念のため。ババァのワガママで済めばいいけど、相手がブリトニーの事情を把握した上で婚約者に望んでいるなら、タチが悪いからね」
リュゼは俺の前で本当に、自分を取り繕わなくなった。
よほど、ブリトニーの母親が嫌いなのだろう。ババァ呼ばわりなんて。
俺は詳しく知らないが、聞いている限り、かなり我が儘な女性だと思える。
「ああ、それと、リカルド」
「なんだ?」
「ブリトニーの精神年齢は、たぶん、僕より上だよ」
「……は!? 嘘だろ?」
「今は、こっちの環境になじんでいるから、年相応になっていると思う」
「そういえば、お前の好みって、年上……」
余計なことを言ったせいで、リュゼに屋敷から放り出されてしまった。
※
子供の頃から、俺は要領のいい人間だったと思う。
父の仕事を見て、彼に憧れ、まっすぐ努力してきた。王都の学園でも首席だったし。
努力すれば、その全てが報われた。
裕福な家庭で何不自由なく育った俺は、ミラルドの件で初めて挫折を味わう。
豹変する周囲、領地の没収、父は伯爵位を叔父に渡さなければならなくなった。
今まで上手くいっていた人生のツケが、一気に回ってきた。
俺は、まだまだ未熟だ。
ブリトニーとの婚約を破棄してしまったり、ミラルドの野望を見抜けなかったり、再度叶った婚約だってリュゼにオマケしてもらったようなものだ。
早く、ブリトニーを迎えに行かなければならない。
※
関所で話を聞けば、ブリトニーの乗った馬車が、何者かに襲われたようだった。
ただの物盗りか、彼女の母親が雇った者か、他の人間の仕業か……それはわからない。
けれど、ブリトニーが危険な目に遭ったことに変わりはない。
リュゼの言葉が頭をよぎった。
「すまない、ブリトニー。俺の落ち度だ」
「なんで謝るの? リカルドが、私を襲ったわけでもないのに」
「俺は、ブリトニーを一人で、危険な王都に送り出してしまった」
「何を言っているの。行くって言って聞かなかったのは私の方なのに」
ブリトニーは、王都で母親に婚約破棄の件を伝えたのだと話してくれた。
とりあえず、目的は達成したようだ。
相手は納得していない様子だが、リュゼがいる限り、無理に婚約を押し通すのは不可能だろう。
あとは、ブリトニーが領地にいれば、向こうは手出しができないはずなのだ。
幸い、王太子たちは、俺とブリトニーの婚約を認めてくれている。
(だとすれば、狙われたのは、ブリトニーを領地に帰したくない何者かの仕業だろうか? わからないな)
撃退できたものの、危ない状況。
リュゼの言うとおり、止めるべきだった。
「俺は、また間違った……リュゼみたいに完璧にはいかない。ブリトニー、本当にすまない。お前を王都へ行かせるべきじゃなかったんだ」
「私から見れば、リカルドも十分完璧な部類だけどな。それから、リカルドの間違いじゃないからね? 私はむしろ王都へ来てよかったと思っているよ。いろんなことが知れたもの」
「だが……」
深刻な顔をしていたのだろうか。ブリトニーが、俺をのぞき込んでくる。
「あのさ、一人で気負わないでね? お互いに完璧じゃないなら、二人で一緒に頑張ればいいと思う」
「男として、そういうわけには」
「リカルドがいてくれるから、私はお母様とも戦えたんだよ。過去にリカルドがくれた言葉が、私の自信になっているの」
そんなに、たいしたことを話した覚えはないのだが、ブリトニーは真剣な顔つきだった。
「私はリカルドに完璧なんて望んでいない。今のままがいいんだよ。何があっても、一緒に越えていける相手だと思ってる。婚約者って、そういうものじゃないの?」
その言葉を聞き、俺はブリトニーを抱きしめたくなった。
どうして、彼女の言葉は、こんなにも俺を救ってくれるのだろう。
「あ、あの、リカルド……」
いつの間にか無意識に体が動き、思っていたことを実行していた。
腕の中に、真っ赤になってふるふると震えるブリトニーがいる。
可愛くて、愛おしくてたまらない。
精神年齢が何歳だろうと、彼女は俺のただ一人、換えのきかない大切な相手だ。












