214:一難去って胃痛(リュゼ視点)
僕は、リリーのことで思い悩んでいた。
人間、誰しも得手不得手というものがある。彼女に領地管理は向いていない。
時に常人離れした努力で、適性のない分野において活躍を見せる者もいるが、リリーは興味のない
仕事に努力できる性格ではなかった。
しばらくの間、彼女を観察して出た結論である。
けれど、リリーが何もできないわけでもない。
領地や屋敷の管理、経営関係が苦手な彼女は、女性同士の社交は得意なのだ。
文字が汚いので自分では書かないけれど、各地の貴族女性と文通しているし、流行に敏感で話術も巧み。衛生感覚はともかく、茶を入れるのが上手だ……と、彼女の父親が絶賛している。
領主というよりは、侍女に向いていそうだ。
となると、僕に教えられることはない。そもそも、本人にやる気がないので。
アスタール伯爵家で過ごして数日経つが、この日は王都から王太子がやって来る。
ここの領主とリリーに話があると聞いているので、僕が何かをするわけではない。
けれど、この領地の状況が大きく動きそうだということはわかった。
話の内容によっては、ハークス伯爵家にまで影響が及ぶかもしれない。
そして、汚部屋と早々にさよならできるかもしれない。そちらは大歓迎だ。
早く、清潔なハークス家へ帰りたい。
午後になると、王太子一行がアスタール家に到着した。
どうしてか、僕も呼ばれて話し合いの場に参加する。
王太子の目的は、今後のアスタール領の管理についてだった。
城で決定された内容を、現当主であるリリーの父に伝えに来たらしい。
どうやら、彼は跡取り問題の件で、僕の他にも各地に助けを求めていたみたいだ。
王族との対面に緊張していたリリーの父親は、僕の同席にほっとしている様子だった。
部屋へ通されたマーロウ殿下は、咳払いをしながら単刀直入に話を切り出す。
「アスタール伯爵領の跡取り問題だが、王宮で話し合われた結果、よい方向へ動きそうだ。繊細な問題のため、少し時間がかかってしまった」
全員が神妙な表情を浮かべ、彼の話に聞き入っていた。時間が長く感じる。
「ミラルドの件は残念だったが、その後のアスタール伯爵家は全く問題を起こしていないし、現国王に忠実だ。そして、元伯爵子息のリカルドは、数々の功績を挙げている。それらを鑑みて、リカルドを次期伯爵へ推す意見が出ている。もちろん、賛成者ばかりではないが」
ミラルドの暴走を抑え、大貴族の反乱で王太子を助け、北の国の事件でも現場で活躍したリカルド。ミラルドの弟ではあるが、リカルドへの評価は高まっている。
王宮側の、将来有望な彼への期待も見て取れる。
また、下手な者を伯爵に据えて第二のミラルドを生み出してはならないという考えもあるようだ。
だとすれば、リカルドは遠からずアスタール伯爵領へ帰ることになるだろう。
「それでは、リリーとリカルドが婚姻を?」
リリーの父親の言葉に、殿下は首を横に振った。
「いや、リリー嬢には別件で話がある。彼女とリカルドの婚姻は求めていない」
リリーが、領地経営を覚える必要性はなくなった。
アスタール伯爵領の未来は、救われたかもしれない。
しかし、そうなると、ブリトニーも近い将来、リカルドについて領地を出なければならない。
ハークス伯爵家にとっては痛手だが、リカルドはアスタール伯爵家を継ぐ方がいいだろう。
彼なら自分の領地に帰ったあとでも、ハークス伯爵家に便宜を図ってくれるだろうし。
(もし、リカルドがブリトニーを傷つけるようなことがあれば、それなりに報復させてもらうけれどね)
殿下が様子を窺うように僕を見たので、反対していないという意志を示すため頷いておいた。
リカルドに関する話はそこまでだったので、僕は先に部屋を出る。
あとは、リリーに関する用事らしい。
部屋を出ると、アスタール家の使用人が僕への手紙を持ってきた。ブリトニーからだ。
手紙の内容を読んだ僕は、思わず目眩を覚える。
(は? あのババア、勝手に何をやってくれているの?)
幼い頃、僕はブリトニーの母親に会っていたので、彼女の人柄は把握していた。
傲岸不遜、唯我独尊。
自分勝手で高慢な叔母の態度を見て、子供ながらに不快に思ったものだ。
そんな彼女は、ブリトニーの婚約を独断で決めてしまったらしい。国内ならまだしも、他国の貴族と!
一難去って、また一難……僕は胃が痛くなった。












