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転生先が少女漫画の白豚令嬢だった  作者: 桜あげは 
18歳

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211/259

210:侍王子とチャラ侯爵

「あなたは、どちら様ですか?」

「ごめんごめーん、自己紹介が遅れちゃったね。俺は、アクセル・ヴァンベルガー、西の国の侯爵だよ。君の婚約者と言えばわかる?」


 悪い予感が当たってしまい、私は無意識に目を泳がせた。母の用意した婚約者もまた、この催しに参加していたらしい。

 西の国の若者が一堂に集う交流会なので、彼が参加していても不思議ではないし、関係者が来るだろうと予想もしていた。いざ本人を前にすると、戸惑う気持ちが勝ってしまう。

 母に決められた婚約者ということもそうだが、アクセル自身が、この若さで侯爵をしているということも。


(リュゼお兄様も、あの年で伯爵だけれど。彼と同じくらいの年齢で侯爵なんて、若すぎない!? てっきり、もっとおじさんだと思っていたよ)


 けれど、アクセルに伝えるべきことは一つだ。


「あの、お会いできてすぐに大変申し訳ないのですが……私には婚約者がいるのです。母の独断かつ先走りでアクセル様とのお話が出てしまいましたが、私はあなたと婚約できません」


 アクセルは明るい空色の瞳を瞬かせ、垂れ目がちな目を私に向けて言った。


「それはつまり、今回取り決められた全ての話を白紙に戻す……ということでいいのかなぁ?」

「はい、ごめんなさい。母が、申し訳ありませんでした。彼女とは血が繋がっていますが、十五年間ほとんど会っていないので、近況が伝わっていなかったようです」


 彼は少し考え込む仕草を見せ、困ったように微笑む。

 とはいえ、彼自身も私の太った姿を前に、婚約取り消しの話題が出てホッとしていることだろう。

 肥満体型の女性との恋愛を避ける男性は多いというし。


「こちらこそごめんね、子豚ちゃん」

「いえ、そんな」

「その婚約取り消し、応じてあげられない」

「……へっ?」


 てっきり、簡単に婚約取り消しに応じてくれるかと思いきや、アクセルは黒い笑顔でまさかの断りを入れてきた。


「俺にも事情があるんだよ。それに、君のことは気に入ったし」


 そんなことを言われても、困る!!

 彼はニコニコと笑みを貼り付けたまま、ゆったりとした動作で私に歩み寄った。

 まさか、マーロウと同じ嗜好の持ち主なのだろうか。


「夫人からは『体型と性格に問題ありな娘』と聞いていたけれど。子豚ちゃんは、思ったより賢そうで可愛いよね」

「ぴぎっ」


 近づくついでに、首もとに息を吹きかけられ、私は立ったまま凍り付いた。

 チャラい……!!

 今まで目にしてきた、どの人物とも違う彼を前に、どう対応していいのかわからない。


(なんなの、この変な人は!? そして、母よ! 赤の他人に何を吹き込んだ!?)


「ですが、先ほどもお伝えしたとおり、私には既に婚約した相手がいるんです。王太子殿下も公認ですし、相思相愛の仲なんです」

「つまり、俺の入り込む余地はないと?」

「……はい」

「ならその発言、撤回させてあげるよ。子豚ちゃんは、俺と相思相愛になろう?」


 いや、無理ですから……と答えても、全く彼は聞き入れてくれなさそうだ。とんでもないことになってしまった。

 困惑しているタイミングで、国際交流会開始の挨拶が始まってしまう。外交関連の職に就いている貴族が、挨拶を終えた後で「メリルと西の王子が入場する」と来場者に告げる。

 もう完全に、二人の婚約が決定しているかのような雰囲気である。


 メリルはいつも通り、可憐なドレスで美少女ぶりを振りまきながらの登場。対する西の王子は、いぶし銀のような、どこか渋みを感じさせる武士のようなたたずまいだ。

 黒く長い髪を頭の高い位置でポニーテールにしている、切れ長で灰色の鋭い目を持つ青年は、もとの世界でいう和服風の衣装を身にまとっている。それも相まって、侍感が醸し出ているのかもしれない。

 よく見ると西の貴族たちも、中央の国で多い洋装の中にも、和のテイストをちりばめた衣装を身に付けている。アクセルにしてもそうだ。


(ヴィーカ様の世界観って、一体……)


 登場した二人を観察していると、西の王子がメリルの手を取り会場へ向かって歩き出した。それを目にした貴族たちが、蟻のように彼らに群がる。

 きらびやかな会場の中、メリルは引きつった笑顔を貼り付けて彼らに対応していた。


「さて、俺たちも行くか」

「えっ、ちょっと?」


 強引にアクセルに腕を掴まれた私は、メリルたちの方へ連行される。

 ガチガチに緊張していたところに友人の姿を発見したメリル。彼女は、目を潤ませながら私に両手を伸ばす。


「ああ、ブリトニー! 来てくれたのね!」


 美少女の破壊力はすごい。周囲の貴族男性たちが頬を染めながら彼女に見とれている。

 なぜか、西の王子とアクセルは美少女に反応していないけれど。


「メリル殿下……」


 一方的に、ぎゅっと抱きしめられる私を見たアクセルが、満足げに頷きながら言った。


「やっぱり、メリル殿下と一緒に西の国に来るのは、気心の知れた令嬢がいいよね」


 驚いて彼の方を向くと、逃がさないとでも言うように手を握られる。

 

「子豚ちゃんには、メリル殿下の侍女になってもらう予定だよ」

「……勝手に決められても困ります。私には、領地での仕事もありますので」


 西の国へ嫁げる令嬢なら、私の他にもいるはずだ。

 そう伝えると、アクセルが手を握る力を強めた。


「えー……俺は子豚ちゃんがいいんだよ」

「それは、アクセル様が、子豚体型を好む性癖の持ち主ということですか?」


 けれど、質問を聞いたアクセルは笑いながら否定する。

 

「そうじゃないけど、とにかく俺は子豚ちゃんを諦める気はないからね」


 メリルは困惑した目で私とアクセルを見比べる。


「アクセル、それくらいにしておけ。メリル王女の前だぞ」


 横から割り入った声は、西の王子のものだ。

 王子の横から、メリルが慌てて私を彼に紹介した。

 

「グレイソン様、こちらは私の友人のブリトニー・ハークスです。ブリトニー、この方は先ほど紹介にあったとおり、西の王子でグレイソン・アシュクロフト様」


 メリルの紹介に頷いたグレイソンは、大きな体を私に向け声を上げる。


「ブリトニー嬢、側近が迷惑をかけてすまんな。このようなアクセルは珍しいのだが、よほどそなたのことが気に入ったようだ。とはいえ、無理強いはいかんぞ」


 威厳のあるグレイソンの言葉を受け、アクセルはわざとらしく頬を膨らませた。

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