206:母からの手紙と意外な来訪者
母の手紙を読んだ私は、わなわなと震えていた。
「はあ? 一体、何を考えているの!?」
お上品ぶった白い便せんを、力任せに破り捨ててやりたい。
それほどまでに、手紙の内容は衝撃的だった。
内容は要約するとこんな感じだ。
~お元気ですか。あなたに、西の国の侯爵との見合い話が来ました。
本来ならば、我が公爵家から娘を出すのですが、あいにく私の息子も近しい親戚も男ばかりで。
そんな折、あなたのことを思い出したのです。確か、まだ結婚していなかったはず。
僻地の貧乏伯爵家の娘であるあなたにとって、またとない良縁です。受けなさい。以上~
「フ・ザ・ケ・ル・ナ!」
私のあまりの憤慨ぶりに、後ろに控えていたマリアが慌てる。
「ブリトニー様? どうなさったのですか!?」
「マリア、ちょっとこれ、読んでみて」
「よろしいのですか? では……」
手紙に目を通したマリアは、ややあって手紙を持ったまま硬直した。わかりやすい。
「なんですか、この手紙は。酷すぎます!」
「だよね、頭に来ちゃう」
何が「あなたのことを思い出したのです」だ!
つまり、今の今までずっと、私のことなんて思い返しもしなかったという話ではないか。
(しかも、厄介な見合い話を持ってきて……一生忘れていてくれた方が良かったよ!)
よりにもよって、リュゼの不在時に、とんだ厄介ごとを運んでくれたものだ。
「とりあえず、お断りの手紙を書いて時間を稼ごう」
私は、さっさと手紙をしたためて、マリアに渡した。
「間に合わなければ、この我が儘ボディで相手の前に出るよ。幼き日のリカルドや、面食いのルーカスに通用したのだから。きっとフラれるはず!」
「いいえ、ブリトニー様。マーロウ殿下という例外もいらっしゃいますから、油断はできません!」
なんにせよ、私に決定権はない。
裏から手を回し、この話をなかったことにできればいいのだが……
悩んでいると、別のメイドがやって来て、私に来客があることを告げた。
「今日のお客様は、全員会ったと思うんだけど。誰かな?」
よっこいしょと立ち上がり、客を出迎えに動く。マリアは私の書いた手紙を出しに行った。
呼びに来たメイドと共に屋敷の門へ急ぐと、見覚えのある馬車が止まっている。
(あれは……王宮のお忍び用馬車!)
何度もうちの家に来るので、覚えてしまった。今日は誰だろう?
マーロウかアンジェラだと思ったら、意外にも馬車から出てきたのはメリルだった。
一体、ハークス伯爵領に何の用なのか。
ふんわりした淡いグリーンの装いで、メリルは嬉しそうに私の方へ駆けてくる。
(あああっ! ヒールのある靴で走ったら……)
案の定、メリルは蹴躓いて体勢を崩し、護衛の兵士に助けられている。相変わらずだ。
「ブリトニー! 会いたかったわ!」
それでも、平然としているメリル。強い!
「メリル殿下、突然どうされたのですか?」
「連絡もよこさず、いきなりごめんなさいね。あまり時間がなかったものだから……あなたに、相談したいことがあるの」
「私に、ですか?」
「ええ、こんな話、身内であるお兄様やお姉様には言えないし。友達にならと思って。でも、私の女友達は、ブリトニーしかいないことに気づいたのよ」
「おおう?」
確かに、メリルは令嬢たちから嫌われている。
ある程度、周囲への気遣いを覚えた今でも、彼女の交友関係は改善していない。
「とりあえず、屋敷の中へどうぞ」
私はメリルを客用の応接室に案内した。
用事を済ませたマリアが、フルーツの香りがする紅茶を淹れてくれる。
実はこれ、うちの新製品だ。様々な香りのフレーバーティーを開発中なのである。
「それで、相談というのは?」
問いかけると、メリルは目線を落として言った。
「あのね、私……西の王子と婚約するかもしれないの」
「ええっ!?」
タイムリーすぎる話題に、私は持っていたティーカップを取り落としそうになった。












