205:第二王女の悩み事(メリル視点)
私、メリルは城の厨房の隅で膝を抱えていた。
こっそり一人になりたいときには、こうやって隠れるのが一番だ。
次の食事の準備に忙しいコックたちは、私の存在に気がつかない。
(ふふふ。昔から、かくれんぼは得意だったのよね)
中央の国の城の中は、どこにでも人の目があって落ち着かない。気が休まる暇がないのだ。
二年経っても、このような環境には慣れたものではなかった。
誰もが私を見ている、監視をしている、あらを探している。
(苦しくて、息が上手に吸えない。上手く言えないけれど、そんな感じだわ)
時々、その場から消えてしまいたい気持ちに駆られた。逃げ場なんて、どこにもないのに。
もう母もいない。私を助けてくれた貴族は、私よりも国王に忠誠を誓っている。
下町にいた頃はもっと自由に振る舞えた。他人から否定されることなんてなかった。
誰もが私に笑顔を向けた。
(でも、本当にそうだったのかしら。城へ来る前の私が鈍いだけだったのでは?)
今は、ときどき、そういう考えが頭をよぎる。
私は、下町での暮らしを愛していた。
けれど、誰もが私に親愛の感情を抱いてくれていたなんて、甘い幻想ではなかっただろうかとも感じる。
男性は総じて親切だった。私の容姿のせいだと思う。
他人は皆、私が並外れて恵まれた見た目だと口にするから。
特に意識をしたことがなかったけれど、王宮でも言われるから本当にそうなのだろう。
平民でいた頃は、何を言っても許されていたように思う。
実際、よく考えずに思いのまま発言していた。それで大丈夫だ……と考えていた。
(でも、違うのよね)
少しだけ周囲に気を配るようになり、気づいたことがある。私の妄想は不正解もいいところ。
男性が私に優しかったのは、下心があるから。
彼らは、隙あらば私をチラチラと盗み見ていたし、男性同士で私についての噂話をしていた。
女性が私に優しかったのは、利用価値があるから。
特に男友達に会う日は、必ず私にくっついて来ていた。
というか、改めて思い返してみたら、そういう日以外は接点がなかった……!
今までの私は、そんなことにも気づけなかったのだ。
(下町で危ない目に遭わなかったのは、奇跡ではないかしら)
とにもかくにも、もうあの日々には戻れない。
この二年の間に私は成長した。微々たる進歩でも、一歩は一歩!
父が平民出の私を引き取ったのは、政略結婚をさせたかったからだ。
王女が姉だけだったので、少し悩んでいた模様。
実際、引き取られてすぐに、北と南の王子に引き合わされた。
……ちょっと露骨だなあ~と思った。
でも、それだけではなく、あの人は私を娘として愛してくれているとわかっている。
(お父様、私に甘いし)
彼は私を見て、「母の面影がある」と言っていた。
それから、ちょっと悲しそうな顔になる。
彼の正妻、つまり兄や姉の母親は、平民出の下っ端メイドである母を疎ましく思っていたらしい。
命の危機を感じていた母は、とある貴族の手引きで、生まれたばかりの私を連れて逃げた。
街に降りた母は、王妃から隠れ、庶民としてひっそり生きた。
けれど、無理がたたったのか病に倒れ、私は一人きりに。
タイミング良く迎えに来たのが、母を助けた貴族。
その頃には、父は私の存在を知っていて、引き取るタイミングを窺っていたようだ。
私たち親子を目の敵にしていた王妃が亡くなったこともあり、タイミング的にはちょうど良かったのだと思う。
母と繋がりのあった貴族も、ただの親切心ではなく、多少の見返りを期待して私たち親子を助けてくれたのだろう。
(だって、今は……ちゃっかり、出世しているみたいだし)
人々の行動には、いろいろな打算がある。
これも、私が二年間で学んだことだった。
そして、私の婚約だけれど……白紙に戻ってしまった。
北の国が、中央の国に戦いを仕掛けてきたからだ。
幸い、国境沿いの領地が撃退してくれたけれど、婚約者のルーカスは幽閉扱いになっている。
(お父様とルーカスは、何かの取り引きをしたみたいね)
ルーカスは今、父に派遣され他領で仕事をしているようだ。接点がないのでよくわからない。
元々彼は、私にさほど興味はない様子だった。
他の人間と同じく、見た目で私を選び、中身にはたいして興味がなさそうだったのだ。
だから、婚約が解消されて良かったと、私は密かに安堵している。
やっぱり、姉のような、愛のある結婚をしたいから。
最近、父が私の婚約者候補を見つけてきた。西の国の王子だ。
年が近く、条件の良い相手らしい。
(会ったことはないけれど、心を通わせられる人だといいな)
新しい婚約者は、私の見た目に惑わされない男性がいい。












