203:小心者と暴君予備軍(ノーラ視点)
「それで、どうしてルーカス様……ルークがうちの庭にいるんですか?」
周囲を確認したルーカスは、私に向かって微笑んだ。
地面に手をつく私を抱き起こし、ティーテーブルへ誘導しながら答える。
「中央の国王に頼まれました。僕の役目は、北の国の反乱分子に対する撒き餌役と情報収集です。でも、本業は庭師です」
「庭師って……本気で言っています?」
「僕の腕前、なかなかのものだと思いません? 『ノーラ様を驚かせたい』とお伝えしたら、あなたの弟君も許可してくれて」
「……一体いくらかかったの?」
けちくさいと言うなかれ、我が家は代々貧乏貴族なのだ。
華やかな庭が安価で仕上がるなんて夢は見ない。
予算は守ってもらわなければ。
「今回の改造は僕の仕事の報酬から出しましたので、ノーラ嬢が気に病む必要はありません。大事な友人の気が紛れれば、それでいいんです」
ルーカスは、自分で「改造」と口にした。自覚ありのようだ。
それよりも、私のために自費で庭を改造とか……ルーカスはやることのスケールが違う。
後で金額を調べなくては。
(とはいえ、プロ顔負けのレベルだし、園芸好きなのかしら)
作業の最中は、帽子を目深にかぶっていたこともあり、不思議なくらい王子だとばれなかったらしい。ルーカスは楽しそうに笑う。
屋敷の警備体制を見直す方が良さそうだった。
(北の第五王子の顔なんて、グレイニアの人たちは知らないけどさ。間諜が堂々と庭いじりしているってどうなのよ?)
それにしても、本当に私好みの庭だ。
(そういえば、前に「アンジェラ様の猫足家具が可愛い~」なんて話したような。それでティーテーブルを置いてくれたの?)
ルーカスの持つ雰囲気がそうさせるのか、彼とは不思議と女子トークを始めてしまう。
まさか、こんなことになるなんて思わなかった。友情が少し重い。
「ノーラ嬢、お疲れのご様子ですね」
「ええ、まあ。グレイニアについて調べていたなら、わかるでしょう? 仕事自体というよりは、周りとの軋轢に困っているんです」
「国王からお借りしている手駒を貸しましょうか? 足を引っ張るだけの部下は必要ないでしょう? いっそ消えてもらった方がスッキリしますよ」
「ちょっと待って! その手駒、物騒な仕事をする人たちじゃないでしょうね?」
思わず、丁寧な言葉をかなぐり捨ててしまう。
「人間のお掃除を生業としている人たちです」
「それ駄目なヤツだから! 私は、そんな恐怖政治を行うつもりないのよ!?」
ルーカスは、時々倫理観がおかしい。北と中央の、文化の違いだと思うけれど。
「ですが、ノーラ嬢はお辛そうです。それに、先ほどの植木鉢……故意によるものですよ。人影が見えましたから」
「ついに命まで狙われるようになったのね。そこまで他人を恨める悪意が怖いし、憎まれる自分が情けないわ。私がブリトニーみたいに、もっと仕事ができる令嬢なら良かったのに。それで、リリーみたいに可愛くて、アンジェラ様みたいに社交の達人で」
ああ、また卑屈な愚痴が口を突いて出てしまう。駄目だとわかっているのに。
でも、追い詰められたときほど感じてしまう。
(私の出来がもっと良ければ、今とは違う人生があったのでは?)
過去のことをいくら後悔しても、何も変わらないのに。
そんな私を一瞥して考える様子を見せた後、ルーカスは静かに口を開いた。
「思うに、他人の秀でている箇所と、自分の嫌いな箇所を比べても正当な比較にはならないかと。アンジェラ殿下は最初から社交の達人だったわけではないようですし、環境面も大きいです。それに、リリー嬢はともかくとして、ブリトニー嬢は僕らとは全く異なる人ですよ。彼女と張り合う必要はありません。比べるだけ無駄です」
そう答えたルーカスが、私の知らない何かを把握しているように思えたのは気のせいだろうか。
「ノーラ嬢にもいいところがありますよ」
「嘘よ。そんなものあるわけないじゃない! じゃなくて……ありません」
「敬語、戻さないでくださいね。今の僕は『庭師のルーク』ですから。僕にだけ敬語だと変に見られてしまいます」
「あ、すみません。でも、私にいいところなんてある?」
ため口で話しているのに、ルーカスは嬉しそうだった。
「盛大に文句を言いながらも、絶対に逃げない姿勢がいいと思います。あと、意外と強いですよね」
「どこが!?」
「正直、僕は『ノーラ嬢はグレイニアでひと月もたない』と予測していましたよ。何らかの理由で逃げて引退し、国王が命じた貴族が領主代理として、弟君が成長するまで繋ぐのかと」
「あのね、私だって一刻も早く逃げたいわよ!? どこかの心優しく誠実で若くてイケメンの貴族が結婚してくれて、私の代わりに領主やってくれたらどんなに良いか! そして、私はややこしいことに関わらず、優雅な奥様生活を送るの」
そう告げると、ルーカスは「やっぱり、あなたは面白い人だ」と言って笑った。
心の中で、「やっぱり、この王子は失礼な人だ」と思った。
「ノーラ嬢はそれができる人じゃない。できないんじゃなくて、選ばないといった方がいいかな。ご自分の伴侶が苦境に立たされている最中に、優雅にお茶しながらも……気になって気になって仕方がなくて、結局その場を飛び出し、隣で一緒に仕事する選択をしそうですよね」
「わかったようなことを言うわね」
でも、そうかもしれない。
他人が苦しんでいるときに、一人だけお茶を楽しむなんて……心苦しくていても立ってもいられなくなってしまう。
(うう、そこまで神経が図太くないの。やっぱり小心者なのね、私)
ルーカスに正確に把握されている性格が、かなり恥ずかしい。
私って、そんなにわかりやすいの?
「そんなノーラ嬢だから、僕は王の提案した仕事を受けてグレイニアに来たんですよ」
「あなた、いつからいたの?」
「二週間前かな」
「じゃあ、この庭は……」
「さすがに僕一人じゃ無理だから、国王の部下の人に手伝ってもらいました」
「あなた、役人に庭仕事させたの?」
「気候がいいから、皆さん喜んでくださいましたよ。向こうの黄色い花は、弟君が自ら植えてくださったんです」
弟まで巻き込んでいたなんて。
やることがめちゃくちゃなルーカスは、暴君の素質があるのではなかろうか。
「さてさて。じゃあ、僕は植木鉢事件の犯人でも捕まえてきますかね。尋問、得意なんですよね~」
「ちょっと待って! 私も行く! 庭師が尋問なんておかしいし、私が話を聞き出すから、あなたは目撃者ということで立ち会ってちょうだい!」
国王は、とんだ爆弾を送り込んできた。城で持て余していたに違いない。
だが、大変だと思う一方で、友人の来訪を心強いとも感じていた。












