201:第一王女の花嫁姿
その後、謁見室を出た私はアンジェラと別れ、ノーラのいる部屋へ戻った。
一緒にいたメリルは、一足先に出て行ったらしい。中には、ノーラだけがいた。
「ノーラ、私やアンジェラ様のいない間、大丈夫だった?」
「ええ、何もなかったわ。途中で入ってきた人に、指紋を採られただけ。あとはメリル殿下と今後の話をしていたわ……すごい提案をされちゃった」
ノーラは微かに頬を紅潮させ、戸惑っているように見える。
どうにも気になった私は、我慢しきれず彼女に聞いてみた。
「あのさ、提案って何を言われたの?」
「えっと……『弟が成長するまで、代理で北東の次期伯爵にならない?』って。もちろん、一人で全部を背負うのは大変だから、陛下が助っ人を派遣してくれるみたいなんだけど」
前例は少ないけれど、この国では家督を継ぐ男子がいない場合、一時的な措置として女性が当主になることが可能だ。
ノーラの弟はまだ十二歳。北東の伯爵の跡を継ぐには幼すぎる。
(リュゼお兄様が実務を回し始めたのが十五歳前後だとして……三年以上はかかりそうだな)
ノーラの父親には、兄弟がいないらしい。
遠い親戚を当主に据える手もあるが、それだと弟が成長したときに家督争いが起こる恐れがある。
相手が大人しく譲ってくれればいいが、伯爵の座にしがみつきたがると厄介だ。
割と茨の道だけれど、一時的にノーラが継ぐのが一番すんなり行くのではということだった。
「近々発表されると思うわ。なぜか、メリル殿下と協力する形になってしまったけれど。彼女は『ノーラが継いじゃえばいいのに! 国内初の女伯爵なんて素敵!』なんて、一人ではしゃいでいたわね……私には、その気はないけど」
ノーラは、「普通に結婚して楽しい奥様生活を送るつもりだったのに、どうしてこうなったのかしら」とぼやく。
疲れた様子の彼女は、大きなため息を吐いた。
※
その後、今回の事件に関わった者たちの処分が決まった。
王女ヴィーカと従者ジルはそのまま幽閉される流れとなった。
扱いが難しいので下手に処刑できず、しばらくは牢屋暮らしをしてもらうとのことである。
今のところ、二人は大人しくしているらしい。
レディエ家は、お家取り潰しになった。領地も国王に没取される予定だ。
しかも、こちらの場合は一族郎党が悪事に関わっており、全員牢屋行きコースである。
近々、城から領地の管理者が送られるとのことだった。
少女漫画でハークス伯爵家が辿る予定だった没落コースは、レディエ侯爵家が代わりに辿ることになった。
国王に毒を盛ったメイドは本来なら処刑だが、本人から聞かなければならないことがたくさん残っている。北の国との関係や薬についての証言がもっと必要とのことだ。
とりあえず牢屋に入れられ、依存症の治療に苦しんでいる。
そして、ルーカスだが……彼の処分が一番難しかったようだ。
敵だったり味方だったり、ルーカスの生き様はまさにコウモリのよう。
後ろ盾のない第五王子がいてもいなくても、北の国は構わず攻撃してくるので抑止力にもならない。でも、一応王子なので無下にもできない。
でも、いろんな話を聞いてわかったのは……彼もまた、私と同じで「安心安全な人生を送りたいだけ」だったのだということ。でも、親兄弟から始末されることを恐れて、程々に命令に従いながら、中央の国にとって致命的な問題や友人リカルドが絡む問題の際は影で力を貸してくれていた。
ヴィーカの件では北の国の情報をたくさん話したらしく、かなり役に立っていたという。
そして、北の国に帰っても居場所がなく、中央の国でもいつ誰が報復に来るかわからず、気が休まらないらしい。
そんなルーカスは、とりあえず姉と共に牢屋へ仲間入りすることになっている。表向きは。
だが裏では別名と別の肩書きを与えられ、命を護られる代わりに監視付きの元、中央の国のために働くことになっている。なんだかんだで有能なので、殺すには惜しいと思われたようだ。
さらに、色々なトラブルに巻き込まれたノーラだが、彼女は弟の代理で仮の当主になることが正式に認められた。というか、ほぼ命令だった。
とはいえ、令嬢一人に領地の全てを任せるのは大変なので、国王の部下たちが派遣される。
これを機に、国王は自分の息のかかった者を北東の領地に送り込む気だ。
やっぱり国王はノーラの父親の件で辺境を警戒しているようだった。
ヴィーカの部下たちは捕縛済みで、北の国は王都からも一旦手を引いたようだった。その後、怪しい動きはない。
実は、レディエ家の事件が解決したタイミングで、北の国で内乱が起きた。
心労から北の国の国王が体調を崩し、王子や王女が本格的に王位を巡って内部争いを始めたのだ。
色々あったせいで、ヴィーカの言っていた下剋上の場面が早まったのかもしれない。
激しい争いで、北の国の兄弟たちの険悪さを誰もが思い知った。
中央の国の国王がルーカスを助けたのは、時期を見て北の国の争いに介入する気でいるからかもしれない。なんとなく、そんな気がした。
いずれにせよ、このままでは北の国は弱る一方になりそうだった。
※
色々片付けているうちに夏の盛りが過ぎ、当初の予定より少し遅れてアンジェラとエミーリャの結婚式が行われた。
南の国からはセルーニャが代表として来ていて、弟の晴れ姿に涙している。
見た目が清純派のアンジェラは、清楚な純白のドレスがよく似合っていた。
日本の少女漫画が元となっている世界だからか、この国の結婚式用ドレスは白いのだ。
そして、式の内容も日本と似ていて割と緩い。そこまで宗教が幅を利かせていない国だ。
披露宴では、客用にハークス伯爵領で開発されたフラワーケーキ(特殊な口金で作った花形のクリームのケーキ)や飾りとしてのソープカービング、キャンドルなどの小物を提供している。
ちなみに、アンジェラのドレスやアクセサリーもうちのものだった。
第一王女の結婚式は絶好の宣伝の場だ。
「ぐふふ、ぐふふ」
今後、式に参加した他の貴族も発注をかけてくれるかもしれない。
ニヤリと笑う私を複雑な表情で見つめる人物がいる。本日の主役、アンジェラだ。
「ブリトニー、こんなことを言いたくはありませんが……また太ったのではなくて? きちんと体型管理なさい」
「……すみません」
「そんなに体重を増減させていては、自分の式のときに困りますわよ?」
もっともな意見に、私は黙って項垂れた。確かに体型が変わりすぎれば採寸が大変そうだ。
この世界のドレスは、まだまだ手作業で作られている。
丁寧に時間をかけて作られるので、出来上がったものが体に合わないとなると笑えない。
アンジェラとエミーリャは、アスタール伯爵領から取り上げられ、王の直轄領になっていた領地をもらって治める予定だ。
ハークス伯爵領とも近くなるので、なにかと交流がありそうだった。
自分の外見のことばかりで手一杯だった王女は、しっかりと自分で選択した未来を見つめる女性に成長している。
アンジェラたちに挨拶を終えたあと、私はリカルドと一緒に会場の隅へ移動する。
――中心に陣取っていては迷惑になる体型なので。
ふわりと鼻先をかすめるのは、リカルドにあげた香水の匂いだ。
以前プレゼントしたものを気に入ってくれたので、定期的に渡すようになった。
「大丈夫か、ブリトニー!? すごい汗だぞ? 少し休もう」
「ぐふっ。秋が近いとはいえ、この時期の結婚式はつらい……」
私の体重は、またもや増えてしまっていた。
ストレス食いでの強烈なリバウンド。汗を吸ったドレスが重い。
ダイエットも大切だが、私の場合は暴食に至らないよう、メンタルを鍛えた方が良いのかもしれない。新たな課題だ。
※
こうして、少女漫画でブリトニーに降りかかる悲劇は回避された……と思う。
私やリカルドの活躍が認められ、ハークス伯爵領はがっぽり報賞をもらえた。リュゼも大喜びだ。
久々に王都に出向いた従兄は、離れた場所でマーロウと話し込んでいる。
ヴィーカが願ってできたであろう、少女漫画と類似した世界。
何らかの事情で選ばれ、巻き込まれてしまったようだけれど、私はこの世界が好きだ。
大切な人たちがいる、譲れないものもできた。
これからも、ハークス伯爵家の令嬢として生きていく。
私もリュゼもマーロウも生きているし、アンジェラとメリルは仲良くなった。
少女漫画どおりのことなんて、もう起こらない。
大好きな相手に支えられながら、私は今後の平和を願った。












