197:見つめ合う従兄と婚約者
「えっ、レディエ家の力を借りて、ノーラの実家の領地から侵略?」
帰りの馬車で、ノーラはレディエ家の計画について私に話をしてくれた。
予想していたとおり、レディエ家は北の国と繋がっている。
そして、ノーラの実家の領地から大量の鉄を手に入れ、武器を製造していた。
さらに、これは、ノーラが調査してくれてわかったことだが、北の国はハークス伯爵領を迂回し、ノーラの領地を攻める計画を立てていたらしい。
ノーラの領地の北側は、険しい山に守られている。
しかし、そのことにあぐらをかいて兵を鍛えていないので、戦力はハークス伯爵領に遠く及ばない。つまり弱い。
ハークス伯爵領には祖父とリュゼが揃っている。その上、新たにリカルドも追加されたため、北の国は侵攻を避けたようだ。
(レディエ侯爵領は押さえたし、阿片の回収も進んでいるけど)
ノーラの実家は、完全に嵌められている。なんとかしなければならない。
アンジェラは大急ぎでノーラの実家に連絡を送った。私は、もちろんリュゼに連絡している。
ここ数日で捜査の手が回り、城中で怪しい者はいなくなったようなので、北の国の王女ヴィーカや侍従のジルはマーロウたちへ引き渡した。
ジルがヴィーカを逃がそうと奮闘していたが、城にいたルーカスが妨害し、二人は無事に城の敷地内にある牢へ入れられる。
「ノーラは?」
「部屋で休んでいます。ルーカス殿下と仲が良いみたいですわね」
「はい、少し前から、そうみたいです」
ヴィーカたちのことはひとまずマーロウたちに任せ、私とリカルドはハークス伯爵領へ走る。
ノーラの領地を手助けするためだ。
もちろん、もしものことを考えると、ハークス伯爵領の防衛もいつも以上に固めなければならない。
することがいっぱいだ。
私はマーロウからお土産にもらったケーキを頬張りつつ、帰路を急いだ。
※
久々のハークス伯爵領に着き、私はどこかホッとした気持ちになる。
現状は、全く穏やかではないけれど、田舎ののどかな風景は落ち着ける。
屋敷に入ると、慌ただしく仕事をしているリュゼがいた。
「リュゼお兄様! ただいま戻りました!」
元気良く挨拶すると、リュゼが私に歩み寄って頭を撫でた。
「手紙は受け取ったよ。よく頑張ったね、ブリトニー」
「お兄様……」
いつにない優しさに戸惑う私だが、従兄はそんな私のときめきをぶち壊す言葉を続ける。
「それはそうと……ブリトニー、ちょっと大きくなった? 主に横に……」
「リュゼお兄様の、デリカシーなし人間! 王都でちょっと色々食べてしまっただけで、すぐに戻ります!」
楽しそうに微笑んだリュゼは、今度はリカルドをねぎらいに行った。
ノーラの領地へ向け、すでに祖父率いる兵士を送り込んでいるとのこと。
リュゼが不在の間にハークス伯爵領が攻められたら洒落にならない。だから、ハークス伯爵家当主のリュゼはこの地を動けない。
かといって、高齢の祖父だけでは心許ない部分もある。
そこで、ノーラの領地にはリカルドが向かうことになった。
「わ、私も行きます! ヴィーカ王女は私と同様の知識を持っていました。それらを使って攻めて来るかもしれません!」
私の言葉に、リュゼとリカルドは渋い顔をする。
「本当は、ブリトニーに残って欲しいけれど……君にしか解決できない問題も出てくるかもしれない。今回は同行を許すよ。ただし、前線には出ないこと!」
「わ、わかりました! 後方に下がっています!」
「本当に気をつけて」
リュゼが私の頬に手を伸ばし、深い海のような目で見つめる。
あまりにも長く見つめ合ったせいか、途中でリカルドが間に割り込んできて……何故か彼がリュゼと見つめ合う形になった。
二人とも、なんとも言えない表情になっていた。
その間に、私は唐辛子スプレーと火炎瓶の予備を屋敷に置いておく。防犯対策だ。
そして、準備を終えた私とリカルドは、増援部隊を率いて……そして、武器の予備や食料など、様々な物資を持ってハークス伯爵領を発ったのだった。
※
馬を飛ばした私とリカルド、そして増援部隊の面々は、翌日にノーラの領地へ着いた。
ノーラの領地では、すでに戦闘が始まっていた。彼女の父親が前線に出ているらしい。
祖父たちも加勢しているのだが、何故か戦況は不利なようだった。
屋敷に残っているノーラの弟に、詳しい状況を聞く。彼はノーラと同じ髪色や目の色の少年だった。そばかすもいっしょで、愛嬌のある顔立ちだ。
困った顔のノーラの弟は、現場で起きていることを教えてくれた。
「敵の中に混じっている、全身鎧の兵士が厄介なんです」
「全身鎧?」
この世界の兵士の鎧は、胴体部分などの急所を鉄の板で覆ったものが主流だ。別で、肘当てやすね当てなどがある。
いわゆる、ファンタジー映画などで出てくる「顔の見える鎧」だった。
(少女漫画だからかな……あまりガチの鎧じゃないんだよね)
だが、北の国の兵士は全身をくまなく鎧で覆っているという。頭も、胴体も、腕も足も全部だ。
昔、美術館で見た、全身鎧のような形だと思われる。
(間違いなく、ヴィーカ様の入れ知恵だね。確かに、効果的ではあるかも……)
こういった鎧は斬撃に強く、矢も至近距離でないと効きにくい。普通に剣での戦いとなると苦しい。
ただ、この鎧には弱点もある。体に振動が直接伝わる打撃に弱いのだ。攻撃で鎧が凹んでしまうと、動きも制限される。
他にも、油や熱湯などで対抗できる。あと、重い。
剣の腕がいい者なら、隙間を突く系の武器で鎧の隙間を狙うという手もある。
私は、そのことを告げ、持って来た物資類の中から火炎瓶と菓子を取りだした。
すると、それを目ざとく見つけたリカルドが私の手を握る。
「ブリトニー、また間食か? 俺はブリトニーの体型をどうこう言う気はないが、そういう食べ方は駄目だ。食べることを楽しむのではなく、現実逃避や苛立ちの発散に利用するような食べ方は。……何かあれば俺が力になる。だから、食べることに逃げずに相談して欲しい」
「リカルド……」
彼は、私のことをよく見ていた。
数回の間食を目撃し、その原因が私の心の弱さから来るものだと正確に突き止めている。
「俺では、頼りないか?」
「そんなことない!」
お菓子に未練はあったが、リカルドに指摘されてまで食べる気は起きない。
今回は、なんとか食欲を制御できた。セーフ!
「ちょっと、色々立て続けに起こったから……ストレスでヤケ食いしちゃった。今までの比じゃないくらい、することがいっぱいあって」
我ながら、なんとも情けない言い訳だ。
けれど、リカルドは私を宥めるようにポンポンと頭を撫でる。
「教えてくれてありがとうな。それから、苦しいときは無理せず俺に任せればいい」
「……あと少しだから、頑張る」
菓子袋を戻し、唐辛子スプレーも出す。
きっと、今回の戦いに使えるはずだから。
「すみません、打撃系や突くことに重きを置いた武器を用意してください。あと、現地で油や湯は調達できますか?」
「わかりました! 大丈夫です!」
ノーラの弟は、慌てて領地中の武器をかき集めに動き出す。
私は必要な物資をリカルドに預けた。
「リカルド、私は前線に行けない。後は頼んだよ」
自分が行っても足手まといになるだけだ。それは理解している。
リカルドもリュゼほど戦闘経験はないけれど、それでも何度か現場に出ている。
ミラルドの引き起こした内戦だったり、大貴族のもとへ乗り込んだり……一応戦っており、私とは違う。
「ああ、任せておけ」
彼は私に優しく微笑んで応えた。
「どうか、気をつけて」
これから行くのは危険な場所だ。怪我をしないとも限らない。
初陣ではないにしろ、本当なら彼にも行って欲しくない。
リカルドは、小さく私に口づける。緑色の宝石のような瞳が、真摯に私を見つめた。
「大丈夫だ。ブリトニーの知識は無駄にしない」
「……リカルド、無事に帰ってきてね。後方のことは任せて」
しっかり頷いたリカルドは、祖父たちのもとへ向かう準備に取りかかる。
そうしてすぐに、彼は増援部隊らと共に前線へ急いだ。












