196:友人のお尻が成長している件(ノーラ視点)
「ついていない、本当についていないわ……こんな目に遭うなんて!」
私――ノーラは、レディエ侯爵家の屋根裏にある小さな物置に閉じ込められていた。
彼らの悪事に気づいてしまったからだ。
これからどうなるのか考えると、不安で仕方がない。
「ブリトニーの言っていたとおりだったわ」
彼女の手紙に書いてあった、阿片とかいう薬の原材料……芥子。
それは、ここ一年ほどで爆発的に生産が増えた、レディエ侯爵家の特産物だった。
「なんで私ばっかり、こんなことになるのよ。もう! 私だって幸せな結婚がしたいのに!」
ブリトニーたちがうらやましい。
(リカルド様だって、エミーリャ様だって素敵な殿方だもの。それに比べて、私は……)
夫は嫁に無関心で仕事一筋なマザコン。
舅は威張り腐ったモラハラ男。姑は嫌味で私をいびるのが趣味。
この家に愛着などない。嫌すぎて王都に家出していたくらいだ。
しかも、レディエ侯爵家は、北の国と組んで戦争を引き起こそうとしている。
私の実家の領地で取れる鉄を使った武器に、痛み止めだという芥子からできた怪しい薬。
戦争が始まれば、レディエ侯爵領はそれらを売って儲かる。最悪の計画だ。
(北の国にも中央の国にも、商品が売れると踏んでいるのよね。ここの人たちは平和に関心がないみたい。むしろ、戦いを長引かせたがっている)
南側だから、北の国の侵攻がないと高をくくっているのか、それとも北の国と何かの協定でも結んでいるのか。
すでに、レディエ侯爵家では、それらの品の取引を開始しているようだった。
レディエ侯爵領は、少しだけ海に面している。そこから船で、武器や薬をどこかへ移送していた。研究熱心なヴィルレイも乗り気なようだった。
(いずれにせよ、このままではヤバいわ。主に私の身が……とっとと逃げ出さないと)
共犯扱いされたら、たまったもんじゃない。
けれど、数日前に色々探っているのがばれて、物置に閉じ込められてしまった。
そのせいで身動きが取れない。ブリトニーに手紙の返事も書けない。ピンチだった。
(伝えたいことが沢山あるのに!)
出られないから何もできない。しかも、今朝から食事も出てこない。
今日は妙に周囲が静かなのだ。
あいにく、窓もないので様子を探れずにいる。
でも、誰にも発見されずに物置で飢え死になんてごめんだ。あいつらに一矢報いてやらなければ気が済まない。
打つ手がない状態でそんなことを考えていると、何やら階下が騒がしくなった。
誰かが大きな声を出している。
(あれ、あの声って……ブリトニー? なんで?)
私は急いで屋根裏部屋の扉の前へ移動した。
耳を当てて音を聞き取ろうと頑張っていると、やっぱりよく知る声がする。
友人が私を呼んでいる。
「ブリトニー!」
呼び声に応えた私は、ガンガンと屋根裏部屋の扉を叩いた。まずはここから出なければならない。
「私はここよ! ここにいるわ!」
声がだんだん近づいて来る。こちらに気づいてくれたのだろうか。
ダダダダダと足音が響き、扉の前で止まる。
「ノーラ、下がって!」
はっきりとブリトニーの声が聞こえ、私は言われたとおり部屋の奥へ移動した。
すると、大きな音を立てて屋根裏部屋の扉が壊される。
外には、腕を組んだブリトニーが仁王立ちしていた。
「やっぱり、閉じ込められていたんだね。ノーラ、無事で良かった!」
ブリトニーが「よいしょ」と屋根裏部屋に上り、私の手を引く。
「逃げるよ」
外へ出るとリカルドもおり、彼は侯爵家の追っ手が来ないか見張っていた。
「ノーラ嬢、無事だったんだな。馬車へ戻ろう」
ブリトニーとリカルドに誘導され、私は彼女たちが乗ってきた馬車に入った。
まだ気づかれていないようで、追っ手などはない。
彼女たちは、見覚えのある兵士に私の護衛を頼んでいる。
(この人たち……いつもお城の庭で訓練している小隊の方たちね)
顔見知りなので、なんとなく安心感がある。
「私たちは、アンジェラ様を迎えに行くから。ノーラはそこに隠れていてね」
「わ、わかったわ……」
しばらくすると、ブリトニーたちが戻ってきた。
アンジェラ様や他の小隊メンバーも一緒だ。
そして、彼らと一緒に歩いてくるのは……捕縛されたレディエ侯爵家の面々だった。
(全員、痛そうに目を覆っているのはどうしてかしら)
私は馬車の外へ出た。
ブリトニーとアンジェラ様が何やら話をしている。
「アンジェラ様、さっそく唐辛子スプレーを使われましたね」
「ええ、役に立ちましたわ。レディエ家の者たちは、自分の主張が通らないとわかった瞬間、私を捕らえようとしてきたのです。本当は火炎瓶とやらをお見舞いしたかったのですが……」
「……えっと、唐辛子スプレーの方で正解だと思います」
「それに、罪が露見すると、全部ノーラのせいにしようとしました。許せません」
「婚約者として家に入ったばかりの令嬢に、そんなこと不可能ですからね。馬鹿な言い訳を考えたものです」
私に気づいたヴィルレイが、真っ赤に腫れた目でこちらを睨み付けていた。
最初こそ、「彼が妻に無関心なのは仕事や勉強に熱心だから」と我慢していたが、だんだんそうではないと気づいた。彼は外での顔と家での顔が百八十度異なるのだ。
ただの内弁慶で趣味優先のマザコン男だった。
「くそっ! ノーラ、お前のせいだ! この、役立たずが……!」
私を罵るヴィルレイに続いて、姑も叫ぶ。
「大体、婚約を決めたのだって、お前のところの鉄と立地があったからよ。あとは跡継ぎさえいれば、用なしだったのに! でなければ、誰があんな辺境の令嬢を嫁に迎えるものですか!」
「そうだ、家の役に立つどころか……裏切りおって! この恩知らずが!」
舅も家族に同調している。私は、いつになく冷めた頭で彼らのことを傍観していた。
(……こいつらに、恩を感じるようなことって、あったかしら?)
しかし、暴言を吐いたヴィルレイたちの頭をアンジェラが扇でぶん殴る。スパスパスパーンと小気味よい音がした。
「お黙りなさい。この外道! 国に背いたばかりか、私の大事な友人を酷い目に遭わせるなんて! これから、うんと反省するがいいですわ。その前に、刑が執行されるかもしれませんけれどね!」
いつの間にか、小隊以外の兵士も増えている。誰かが増援を呼んでいたらしい。
ブリトニーが私を馬車の奥へ押しやって、レディエ家のメンバーから隠した。
あれ、ちょっと、彼女のお尻が前より大きくなっているような……?
「ノーラ、もう大丈夫だからね」
「そうですわよ、あなたの身柄は私が預かります。誰にも手出しさせませんわ!」
頼もしい二人の友人が、私の手を取り微笑む。
連日の疲れからか、空腹からか……私はその場にへたり込んでしまった。












