195:真っ黒な侯爵家
前半部分を追加しました!
あの後、私たちは北の国の船を制圧した。乗組員は全員捕縛され、アンジェラは無事エミーリャに救出された。海に飛び込んだせいで、二人はずぶ濡れになっている。
近くの民家を借り、私は湯浴みを終えたアンジェラの着替えを手伝った。
いつもメイドのマリアの仕事を見ていたので、やり方はわかる。ドレスがハークス伯爵領式の簡単着脱製品であるというのも大きいが、私は無事にアンジェラの着せ替えに成功した。
同様に、リカルドはエミーリャの着替えを手伝っている。
(なんだかんだでサイドポジションなんだよね、私たち……)
モブの取り巻き設定の根は深い。
だが、処刑を免れた今、そしてヴィーカの言葉で真実が判明した今、もはやそんなことは関係ないのだ。
エミーリャは初めてセルーニャの言うことを聞かず、中央の国に残ることとなった。
彼はこのままアンジェラと結婚し、王都に近い領地と、王家に取り上げられたアスタール領の半分を治めることになる。エミーリャのことなので、特に心配はしていない。アンジェラも嬉しそうだ。
大事な友人が幸せそうで、私はほっと息をついた。
さて、心配なのは、もう一人の友人ノーラだ。
実は、ヴィーカと話した内容で気になることがあり、ノーラに事前に手紙を送っていた。
阿片の原料が栽培されている南の領地。それが、ノーラの婚約者であるヴィルレイの実家――レディエ侯爵家の治めている場所なのだ。
まさかと思っていたが、ノーラの返信がなにやら不穏なのだ。
私の連絡を受けた彼女が、婚約者宅を独自に調べた結果……レディエ侯爵家は限りなく黒に近いらしい。中央の国の貴族、色々企みすぎ!
なので、私は彼女のいる場所、つまりレディエ侯爵家へ向かうことにした。
とはいえ、格下の私だけでは何かと心許ない。というわけで、なんとアンジェラがついてきてくれることになった。彼女もノーラのことを心配している。
一度城へ戻った私たちは、その後すぐレディエ侯爵家へ出発したのだった。
ノーラのところへ向かうのは、私にリカルド、アンジェラ、小隊の皆さんだ。
もしもの時に備え、他の兵士が隠れて待機していたりもするけれど。平和に解決したいものである。私は、アンジェラに唐辛子スプレーと火炎瓶を渡しておいた。
※
レディエ侯爵領は、農地の多い恵まれた土地だ。
野菜や穀物の他には、綿花なども栽培していたりする。割と何でもありの土地。
土壌が豊かな他領を見る度、ちょっと悔しくなる私だった。
(ハークス伯爵領だって、農地改革を進めていたり、農業以外の部分でも頑張っているもんね!)
馬車で移動しつつ、領内の様子を探る。リカルドは小隊のメンバーと馬で移動していた。
さて、問題の阿片だが……
「まあ、ブリトニー。綺麗な花畑がありますわよ。赤、オレンジ、紫……素敵」
外を見ていたアンジェラがそんなことを言い始めたので、私も窓から顔を出す。
「グフフ、それらしい花が咲いてる。めっちゃ堂々と咲いてる!」
まさに、目の前が一面芥子の花畑だった!
(黒じゃん! 真っ黒じゃん!!)
色とりどりの花は、王都の混乱など我関せずという様子で風に揺れている。
「ブリトニー? どうしたのです?」
「アンジェラ様、城を騒がせている薬の原料がこの花なんです」
「えっ……では、この花のせいで、私のメイドはああなってしまったのですか!?」
花畑に向かって、今にも火炎瓶を投げつけそうなアンジェラを押しとどめ、私は地図を確認する。
レディエ侯爵家は、もうすぐそこだった。
リュゼからは、ヴィルレイの悪い噂なんて聞かなかった。
彼の親が暴走しているのか、家族ぐるみで暗躍しているのか……いずれにせよ、ノーラを助けなければならない。
もし、ヴィルレイの実家が断罪されるようなことがあれば、彼女が巻き添えを食ってしまうかもしれない。
自覚があってもなくても、北の国に阿片関連で協力しているなんて大罪だ。
無事にレディエ侯爵家に到着した私たちは、真相を聞き出すべく屋敷へ乗り込んだ。
先頭にアンジェラ、その後に私とリカルドが続く。
王女の出迎えに現れたのは、レディエ侯爵と侯爵夫人、一人息子のヴィルレイだった。
(あれ、ノーラは?)
正式な結婚はまだなので、敢えて呼んでいないのだろうか。
隣にいたアンジェラが、侯爵に質問する。
「あの、こちらにノーラが来ていると思うのですが、会うことはできますかしら? 彼女とは、長年の友人なのです」
王女の言葉に、侯爵家の面々は顔を見合わせる。
「彼女は、ずっと体調を崩しておりまして……部屋で療養中なのです」
「あら、そうですの。会えないのは残念ですわね」
誰も気づいていないようだが、アンジェラの声が僅かに低くなっている。彼らの態度を不審に思っているのだ。
私も同じように感じた。ノーラは手紙では元気そうで、今までも寝込んだりしたことのない健康な友人なのだ。
「では、帰りに顔だけでも見て帰りますわ。せっかくここまで来たのですもの、次にいつ会えるか分かりませんし」
アンジェラの言葉を聞き、明らかに慌てるレディエ家一同。これはますます怪しい。
それを見て、アンジェラは更に切り込む。
「あら、何か問題でも? 王女である私は不自由な身ですの、今度はいつここへ来られるか分かりません。大事な友人に会いたいのです」
「で、ですが、王女殿下に病気がうつってはいけませんし……」
「まあ! ノーラは、そんな大病を煩っていますの? それは、ますます会っておかなければ! ですが……まずは、あなた方とお話ししたいことがあります。国を揺るがす大変なお話です。ブリトニーたちは部屋の外で待機していなさい。これは、私の仕事ですから」
レディエ家の屋敷は無駄に豪華だった。最近、羽振りがいいらしい。
小隊メンバーを護衛に伴ったアンジェラは、何かを訴えかけるように私を見て部屋の中へ入っていった。
その意図を理解した私は、「ええーっ!?」と叫ぶのをこらえる。
(アンジェラ様、無茶振りすぎるよ!)
今のうちにノーラを探しておきなさい……なんて。
屋敷の中、アンジェラの入っていった部屋を見つつ、私は考えを巡らせた。
とにかく、やってみるしかない。侯爵家の三人は、アンジェラが引き受けてくれている。
私は隣にいるリカルドと顔を見合わせて頷き合った。彼も正確に状況を理解している。
近くには、監視役のメイドが二人だけ。なんとかなるだろう。
さあ、ノーラの捜索開始だ。
大きく息を吸い込み、その場から走り出す。
「お手洗いどこですかぁ〜〜〜〜〜〜!!」
突然の事態に慌てる二人のメイドには、リカルドが対応した。
「婚約者が申し訳ありません、後は俺が追いますので。お二人はここにいてください」
「あ、お手洗いはあちらです。えっと……」
リカルドの美しい容姿にポウッと赤くなるメイドたち。
その隙に、彼も私を追って駆けだした。二人で屋敷の中を調べていく。
「ノーラ、無事かな。あの様子じゃ、どこかに閉じ込められているかも……」
「ブリトニー、必ず見つけ出すぞ」
「うん!」
幸い、王女をもてなすために、メイドや執事は出払っている。
私たちは順に部屋を開けて回った。












