193:白豚令嬢、張り手をお見舞いする
あれから、私たちはヴィーカがばらまいた阿片の回収と彼女の協力者の洗い出し、そしてアンジェラの捜索に動いた。
国王に毒を盛ったとされる黒子メイドは秘密裏に捕らえられている。
今は禁断症状で苦しんでおり、メイド仲間が世話をしていた。
事件の詳細は、まだ関係者以外には伏せられている。
※
数日後、収穫があった。
城内で嘘の噂を吹聴して回る怪しい男を捕まえたのだ。
彼はあちらこちらで「国王陛下が倒れたのはアンジェラ殿下のせいだ!」と触れ回っており、例の噂の発信源だと思われた。
そうして「ルーカス式・恐怖の尋問」の末、男はアンジェラの居場所を吐いたのである。
北の国、怖い……ルーカス、怖い……
怪しい男は、震えながらも最後の抵抗とばかりに私たちをあざ笑った。
「王女はもう帰らない。手遅れだ……船はもうすぐ出発する」
「船?」
「そうだ。偽装した貨物船……あの船は北の国へ向かうんだ」
男曰く、北の国の船が普通の貨物船を装い、中央の王都に何度も阿片を運んでいたらしい。
そして、その船は今、王都の西にある港へ停泊している。
国内の南の領地へ向かう風に見せかけ、北の国に向けて出港するようだ。
(で……アンジェラ様は、その船に捕らえられていると。やっぱり攫われたんだね)
彼女は中央の国の大事な第一王女だ。北の国に渡すわけには行かない。
(アンジェラ様を助けなきゃ!)
兵士たちと共に、私とリカルド、そしてエミーリャも西の港へ馬を飛ばした。
少し距離があるけれど、乗馬の腕を上げた私は今や全力駆けだってできるのだ!
マーロウやメリルも一緒に来たそうだったけれど、状況が許さなかった。
彼らは王都に出回っている阿片の回収や、黒子メイドの仲間が他にいないか捜査に動いている。
マーロウは私に菓子袋を渡すと、名残惜しそうに仕事に戻ったのだった。
ルーカスは、城に残って彼らの仕事を手伝っている。
国の北側に出回っている阿片については、すでにリュゼに連絡済みだ。
北側に領地を持つ貴族たちに伝達し、それぞれの領地内で捜査中とのこと。
だが、王都のような被害は今のところ出ていないようだった。
国の南側については、マーロウが貴族たちに知らせている。
彼とは別で、私は嫁ぎ先の南の領地へ帰ったノーラに手紙を送っていた。
少し気になることがあったのだ。
(とにかく、今は、アンジェラ様の救出!)
船が出航する前に、私たちはなんとか港へ辿り着いた。
港は広く、船もたくさん停泊していたが、順に見ていくと該当するものが見つかった。
一見普通の貨物船だが、他のものとは微妙に造りが違い、妙に物々しい雰囲気を醸し出している。
(乗組員、明らかに過剰武装しているし)
船に乗り込むことは難しそうだ。大勢で押しかけて警戒され、出航されても困る。
「二手以上に分かれた方がいいな」
リカルドの提案に、私とエミーリャは頷いた。
正面からは私が、エミーリャは背後から小舟で近づくことが決まる。
ごそごそと菓子袋をあさりながら、一般人に扮した私は件の船へ近づいた。
船の入口に、見張りの男が一人で立っている。
「すみませ〜ん、ちょっとお伺いしたいんですが〜」
一般人を装った私は、彼に声をかけた。
リカルドと兵士の皆さんは、海岸沿いに積み上がった荷物の陰に身を潜めている。
ちなみに、マーロウ直属の小隊も一緒だ。
「なんだ、こっちは忙しいんだ」
「捜し物をしているんです。ヴィーカ様や彼女の仲間からの情報で」
「何っ!?」
顔色が変わったところを見ると、やっぱり北の国の関係者みたいだ。
「ちょっと、船を見せてもらっていいですか〜?」
「駄目に決まっているだろう! ていうか、お前誰なんだよ!」
「ヴィーカ様の知り合いです。彼女を保護しています」
「何言ってんだ、ヴィーカ殿下は潜伏中で我々にも正確な居場所は……」
下っ端なのだろうか、見張りの男は簡単に感情を顔に出すし、情報まで吐いてくれた。ありがたや。
「ぐふふ、ぐふふ。ですから、彼女の身柄は今、私の手の内にあると言っているのです。これがどういう意味かわかります? ヴィーカ様に手出しされたくなければ、私の言うことを聞いてください」
セリフを口にするついでに、ニヤリと意味深に笑って見せた。
なんだか悪役っぽい。しかも、妙に似合っているみたいで、物陰に隠れた小隊長はサムズアップしている。リカルドは、複雑な表情を浮かべていた。
「何をふざけたことを抜かしている。ガキはすっこんでな! 怪我するぞ?」
男は面倒そうに私を追い払おうとし出した。
ヴィーカの情報を持っている相手を前に、彼の対応は杜撰だ。
(もはや、私がただの一般人ではないと気づいているだろうに)
粘っていると、男が低い声を出し始める。
「どうやら、痛い目に遭いたいらしいな」
残念だが、平和的解決の道は閉ざされてしまったようだ。
乗組員が荒っぽく腕を振り上げた瞬間、私は菓子袋から秘密兵器を取り出した。
「唐辛子スプレー!」
腕によりをかけて作った、か弱い令嬢用の護身アイテムだ。
私は霧吹き型の容器に入ったスプレーを相手の目を狙って発射する。
凶悪な液体は、男の目に見事入り込んだ。
「ぐぅぉっ!? 目が、目がぁ〜っ!」
もらった菓子袋が意外と大きかったので、屋敷から持ってきた便利グッズを収納させてもらっている。ちなみに、元々入っていた菓子は……いつの間にか消えていた。
無意識のうちに食べてしまったのかもしれない。ああ、恐ろしや。
船の乗り口にいた男を張り手で海へ落とすと、待機していた小隊メンバーたちが次々に渡し板を伝って甲板へ飛び乗る。
他の乗組員たちは、この状況に気づいていない。
一般人の女が、仲間に何か尋ねている……くらいの認識を持ったようで、さっさと船に戻り、いなくなってしまったのだ。全く警戒されていない。
ちなみに、小隊の皆さんにもスプレーをお裾分けしておいた。
(護身アイテムがなくても、彼らは普通に強いけどね)
他の兵士たちも、小隊に続いて船に乗り込み、甲板の上は乱戦状態になっている。
私とリカルドは、船から逃げ出した乗組員を、残った兵士と協力して捕獲した。
兵士たちには、リカルドが大まかな指示を出している。
ぶっちゃけ、私の役目はアンジェラを助け出した後だ。
やっぱり女性同士の方が助かることもあるし、着替えや心のケアは、友人の私が引き受けた方がいい。
(エミーリャ殿下相手だと、アンジェラ様は意地を張っちゃうだろうからなあ)
リカルドと並んで菓子袋をガサゴソ確認しつつ、船上の兵士の様子を見守る。
「ねえ、リカルド。研究部屋で火炎瓶も作ってみたんだけど」
「……また危険物を」
私の言葉に、リカルドは苦笑いを浮かべた。
「それは、いざという時に取っておいた方がいい」
「そうだね、船に阿片が積まれていたら、煙がモクモクになっちゃうし」
「ああ、積み荷の確認もしておきたい。船はそのまま残しておいた方がいいな」
私は海上へ目をやった。
陸からは確認できないが、エミーリャと彼に付き添った兵士たちは無事後方へ回れただろうか。
船上では戦いが続いている。私はエミーリャとアンジェラ、そして兵士たちの無事を祈った。












