191:黒茶色の宝石
仲間のメイドが持ってきた水を差しだし、彼女に問う。
「お水です。あの、何か食べませんか?」
「……いら、ない」
声を絞り出すように、彼女が答えた。汗をかいていて呼吸が荒い。
「でも……」
「くれるなら、アレを。黒茶色の宝石を……」
「宝石?」
よくわからない私に向かって、メイドは必死に説明する。
「そう、アレが欲しいの。アレが吸いたいの! ブリトニー様、お願い!」
黒茶色の宝石の説明するときだけ、彼女の瞳がギラギラと異様な光を宿していた。
(……なんか、こんな症状、覚えがあるような)
「それって、こういう筒を使って煙を吸うものだったりします?」
私は身振りで筒を表現し、彼女に尋ねた。
「それ、それですっ! くださいっ!」
状況が読めないマーロウが首を傾げている。
「マーロウ様、彼女……先に手紙で連絡差し上げていた例の薬の中毒患者です。北の国の薬は効果が切れ始めると、このような症状を引き起こすのです」
「これが……?」
酷い状態を直に見て、マーロウは淡い紫色の瞳を揺らした。
「おそらく、すでに王都に出回っています」
頷いて答える私は、メイドに向き直り彼女に質問した。入手先を特定しなければならない。
「黒茶色の宝石は、どこで手に入れたのですか?」
「そんなのどうでもいい! ちょうだい!」
「入手先を教えて貰わなければ、持って来られません」
私の嘘を真に受けたメイドは、洗いざらい全てを話し始める。
「買い物に出たときに、市場で黒い服の男の人がくれたの。一番端の店の角を曲がったところよ。」
「あなたは、その男性に何度も黒茶色の宝石を貰ったのですか?」
「ええ、色々な頼み事と引き換えに何度か……でも、ある日を境に、彼はいなくなってしまったのよ! 私、言われたとおりにやったのに! どうして!」
錯乱する彼女を宥める私の隣で、マーロウが冷静に声を掛ける。
「何を頼まれたのか、全て教えて欲しい」
メイドが口にした内容は、驚くべきものだった。
城内に「黒い服の男」の仲間を引き入れ、自らも彼らのために動き、そして……
「陛下の食事に滋養強壮薬を混ぜたり……」
「……っ!?」
聞き覚えのある内容に、私は体を強張らせた。頭が真っ白になっていく。
(だって……それは、少女漫画でブリトニーがやったことだし……)
少女漫画のブリトニーは城の厨房に侵入し、「滋養強壮薬」と騙されて国王の食事に毒を盛ったのだ。
(どうしよう。私が処刑を回避したから、このメイドが代わりになってしまったの?)
罪のない人物を巻き込んでしまった後ろめたさで、私は胸が苦しくなった。
「あんなことになるなんて思わなかったのよ! だって、健康のための薬だって言われたんだもの!」
「君が盛ったのは滋養強壮の薬じゃなく、毒だったということだな」
全てを理解したマーロウが指摘すると、メイドは両手で強く頭を抱えた。
「ああ、私はどうすればいいの? 宝石、黒茶色の宝石をちょうだい。全部忘れたいの……!」
私やマーロウの前で洗いざらい真実を話すメイドは、見るからに錯乱している。
普通なら、罰を恐れ黙っているだろうに。
本人が自らの所業を忘れたところで罪は消えないのだが、今の彼女は、それすらもわからないみたいだった。
ヴィーカは人を操る道具として、阿片を使っていたのだ。
本来なら、メイドは口封じに殺されていてもおかしくなかった。
しばらくの間、私がヴィーカたちを監視していたので、彼女たちは情報のやり取りが出来ず、身動きが取れなかったのだろう。












