190:白豚令嬢と不健康な黒子メイド
「なんだ? 人の話に口を挟むなよ。盗み聞きしていたのか?」
一人がそう言って、私の方に目を向けた。
盗み聞きと言えばそうかもしれないけれど、聞かれたくない話なら小声ですればいいことだ。
本人の目の前でいちいち話すことじゃない。
仲間が反論して勢いづいたのか、もう一人も声を上げた。
「皆噂しているんだ。アンジェラ殿下がやったってな!」
「お前だって、関係しているんじゃないのか?」
多勢に無勢。二人が言い返すと、三人目も四人目も同じようなことを口走り始めた。
こちらが喋る隙も与えないほど、次々に罵声を浴びせてくる。
集団心理が働くのか、中には聞くに堪えない酷い言葉もあった。
(一人じゃ何も出来ないくせに……くやしい)
私が何を言っても、彼らには響かない。
俯きそうになったその時、近くから別の声が掛かった。
「君たち、僕の妹が……なんだって?」
びっくりして顔を上げると、そこには淡い金髪をなびかせた王太子が立っていた。
「マーロウ様……」
いつの間にかマーロウが来ていたようだ。しかも、諸々のやり取りも耳に入ってしまった模様。
「ブリトニー、待たせて悪かったね」
「い、いいえ……」
私に微笑みかけたマーロウは、貴族たちの方を向いて言った。
「今の話は聞かなかったことにしよう。今後同じような内容を口にすれば、何が起こっても知らないがな」
「……っ!?」
青い顔になった五人組は、逃げるようにその場を去って行った。
「ブリトニー、大丈夫か?」
話しかけられた私は、小さく安堵の息を吐いて答える。
「はい、ありがとうございます、マーロウ様」
その後は、二人並んでエミーリャの部屋へ向かうことになった。
最近のマーロウは、侯爵令嬢エレフィスとの仲が進展しているらしい。
まだ恋愛に発展してはいないが、よく一緒にお茶しているようだ。
(お菓子責めのターゲットがエレフィス様に移って何より……それにしても、お腹が減ったなあ)
先ほどから何か食べたくて仕方がない。
わかっている、これは私の悪癖だ。ストレスに耐えきれず食べ物に逃げる。
(いつまでもこんな風では駄目だ、成長しなくては……!)
自身の弱い部分を叱咤するように、私は早足で廊下を進む。
しばらく歩くと、アンジェラの黒子メイドが数人集まっているのが見えた。
ソワソワと落ち着きのない様子の彼女たちは、城内でアンジェラを探しているようだった。
行方不明の件は関係者以外に伏せられているものの、今は城の内外問わずアンジェラの捜索がなされている。
第一王女は、まだ見つかっていない。
(……ん? あれは?)
メイドたちの中で一人だけ、妙に落ち着きのない者がいる。
よく見ると手足が小刻みにプルプルと震えているのだ。体調も悪そうに見えた。
アンジェラを心配して、無理をしているのだろうか。
(だとしても、体に不調が出るくらいなら、一度休んだ方がいいよね)
私は、そのメイドに歩み寄って告げた。
「あの、大丈夫ですか? なんだか苦しそうですが……」
声を掛けると、黒子メイドは「あうあぅ」と言葉にならない返事を返す。
(大変! 喋れないくらい、気分が悪いなんて……!)
私はメイドに駆け寄ると、彼女の体を支えた。
「少し休んだ方がいいです。無理をするのは良くないですよ」
マーロウが近くの空き部屋の使用許可を出し、そこにメイドを運び入れる。
小さな客室で、ベッドと椅子が用意されているだけの部屋だった。
メイドが息苦しそうにしているので、私は邪魔な黒子のかぶり物を外す。
すると、どうだろう……
「えっ……?」
中から現れたのは王宮のメイドに似つかわしくない、痩せて窪んだ目をした不健康な女性だった。
城内で働くメイドは、健康状態が重要視されるのだ。しかも、アンジェラ付きとなると、見た目も重要になってくる……黒子スタイルのせいで台無しだが。
彼女の髪はボサボサで、涙に覆われた瞳はうつろ。焦点が合っておらず、明らかに普通の状態じゃない。頬骨も浮き出ている。
ただ、体調が悪いというだけではなさそうだった。












