188:白豚令嬢の運命は……
「それでは、少女漫画について教えていただけますか?」
「確かに漫画家は死亡した。けれど、続編の内容を私は知っているわ……あなたに伝えた話は嘘じゃない」
「信じられません」
以前、ヴィーカが続編の情報を教えてくれたのは、全てルーカスに対する布石だったのだ。
彼を犯人に仕立て上げるため。そして、その影で自分が自由に動くための……
危うく踊らされるところだった。
「あら、疑り深いわね。私は知っているのよ。なぜなら、あの話は……私が作ったから」
「……?」
一瞬、ヴィーカの話が理解できなかった。
彼女はどこか得意げに私を見てくる。
「私が、『メリルと王宮の扉』を描いた漫画家本人だと言っているのよ。この世界は、もともと私だけがメリルとして転生するはずの世界だった。手違いでおかしなことになってしまったけどね」
「えっ?」
「転生するときに王女で妹の方と伝えたのがまずかったわね。メリルと明確に言えば良かった……」
一人でブツブツ呟くヴィーカは、我に返って私の方を見た。
「第三部までの構想は練っていたのよ。だから、先がわかるの」
ヴィーカは詳細を口にし始める。
彼女の話では、漫画家をしていて事故で命を失った後、神様のような存在に話しかけられたらしい。そして、その神様が少女漫画の世界へヴィーカを送ったと言うのだ。
嘘のような内容だった。
けれど、自分も少女漫画の世界へ飛ばされている身なので、完全に作り話とも言い切れない。
それにしても、まさか、あの作品の漫画家が転生してきているなんて誰が思うだろう。
私は、しばし唖然とした。
「私は主人公のメリルとして、自分が描いた漫画の世界を満喫するつもりだったのよ。でも、他国の悪役王女に転生しているし、自分以外にも転生者がいるし、少女漫画の通りに話が進まないし! 弟は生意気だし! どうすりゃいいのよ!」
ヴィーカは一人でヒートアップしている。
「だから、ヴィーカで良い思いが出来るように動いただけ。下剋上されて終わりなんて嫌だもの。あなただってそうでしょう? 殺されたくないから動いたはず。自分の未来のために行動して何が悪いの?」
確かに、ヴィーカの言う通り。
私だって、処刑を回避するために今まで頑張ってきた。
王都に行かないためにダイエットしたり、アンジェラの取り巻きを回避したり色々……
けれど、だからといって他国を侵略したり、悪い薬をばらまくのは違うと思う。
それは、中央の国で普通に暮らしている人の生活を壊すことだ。漫画のキャラクターだと言っても、彼らにはちゃんと命がある。
(そんなことをしなくたって、生還することは可能じゃないの? 北の国の王女という立場では厳しいの!?)
考え込む私に向かって、ヴィーカは軽い調子で言った。
「あなたに言ったことが、全部嘘というわけじゃないのよ? 私が記憶を取り戻したのは、ミラルドをけしかけた戦いの最中だったし」
「なら、どうしてこんなことを?」
尋ねると、ヴィーカは笑みを深くした。
「ブリトニーは、平和な場所で生きてこられたのね。北の国の王子や王女の生活は壮絶なの」
貧しい北の国。
土地が痩せていて近年は特に作物の実りが悪く、それなのに税収が上がる一方の国。
貧富の差は激しく、王族や貴族は自分たちのことしか考えていない。
たまに平民による内紛が起こるが、今のところは国の力で抑えられている。
自分から北の国をなんとかする……ということを中央の国はしない。
たとえ、勝ったとしても、不毛の地で得られるものがないからだ。
北の国の脅威がなくなれば中央の国も安心できるけれど、戦いでお金や労力に見合わない数の犠牲が出る。簡単に決断できない。
だから、ずっと静観している。今のところは。
「ねえ、ブリトニー? 私と手を組まない? 私はいずれ、中央の国も北の国も手に入れてみせるわ。メリルのようにね! あなたの生命は保障してあげるし、良い思いをさせてあげると約束するわよ」
ヴィーカが底の知れない黒い瞳で私を見つめる。
けれど、私は首を横に振った。彼女に同意できない。
平然と中央の国に阿片をばらまこうとするヴィーカは、ミラルドを使った侵略を悪いなんて思っていない。彼女の態度から、反省していないのが見て取れた。
記憶が戻った時期は彼女の言う通り、戦いの最中だったのかもしれない。
でも、海岸に船団を送ったのはルーカスの力を削ぐため。ハークス伯爵領のことを考えてというのは、ヴィーカの本心じゃない。
簡単にそんな嘘をつく人間を誰が信じられよう。
仮に彼女の味方をしたとしても、ヴィーカは目的のためなら私を切り捨てる。漫画の中のアンジェラのように。
「お断りします。あなたが今までどう生きてきたか私は知らない、どういう経緯を経て今ここにいるのかも少ししかわからない。でも、人を人とも思わないところは共感できないし、あなたを許すことも出来ない」
ヴィーカが中央の国の内乱を起こしたから、リカルドもアスタール伯爵家を継ぐ未来を失った。
リュゼだって、過労で死にかけてもおかしくない状況だった。
ミラルドも押さえていた野望を制御できずに自滅して牢屋行き。
元アスタール伯爵夫妻も今は地位を親戚に譲っている。
たくさんの人が人生を狂わされた。
記憶があってもなくても、それを簡単に流して自分のことだけを考えるような人は許せないし、一緒にいたくない。
「そう、残念だわ。助けてあげようと思ったのに……」
危機的状況にあるのはヴィーカの方なのに、彼女は余裕の笑みを浮かべていた。
「もう手遅れよ。私の助けを蹴ったあなたは、漫画通り最終的に破滅するの」
ヴィーカの赤い唇は、不吉な弧を描いていた。












