185:危険な薬と予想外の事実
私とリカルドはマリアにエミーリャたちを客室へ通すよう頼み、地下室へ向かう。
「どうしよう、リカルド! やばい、やばいよ!」
「いいから急ぐぞ! それに……何かあっても、ルーカスなら話が通じると俺は信じたい」
階段を下り、明かりを増やした廊下を抜け、突き当たりのヴィーカの部屋を目指した。
……のだが。何やら奥が騒がしい。
「あのー、リカルドさん。早くも怒鳴り合いの声が聞こえるような気が……」
「……俺の空耳ではなかったか。奥にいるな」
予想通り、ルーカスは勝手に地下へ下りてしまったようだ。
そして、最悪なことに、ヴィーカと直接対面してしまったらしい。
慌てて部屋の扉を全開にすると、予想通りの光景がそこにあった。
言い合いをしているルーカスとヴィーカ。そして、ヴィーカを守るように立っている侍従のジル。
私とリカルドを見つけたヴィーカが、目をつり上げて叫んだ。
「ブリトニー! どういうことなの? どうしてこいつがここにいるのよ? あれだけ知らせないでって念押ししたのに!」
「ぐっ……ぐふふ、すみません。目を離した隙に」
言いよどむ私の前にルーカスが割り込む。
「他人の家に図々しく居座っているくせに、ブリトニー嬢を責めるのは筋違いというものですよ。まったく、相変わらず性格と出来の悪い姉ですね」
突然聞こえてきた言葉に、私は耳を疑った。
誰だこの毒舌王子は。普段の穏やかな物腰と人当たりの良さが消滅しているじゃないか。
「お黙りなさい! 相変わらず生意気で憎たらしい弟ね! いつもいつも私の邪魔ばかりして」
「あなたが、阿呆すぎて救いようのないことばかりするからですが何か?」
地団駄を踏むヴィーカをジルが宥めている。
私とリカルドは、顔を見合わせながら首を傾げた。状況が読めない。
置いてけぼりの私たちに話しかけてきたのは、意外にもルーカスだった。
「手配中の姉が厄介になっていたようで、申し訳ありません。まさか、こんな場所にいたなんて」
にっこりと微笑むルーカスだが、私は背筋に悪寒が走った。
暗に責められている……
「ところで、ヴィーカお姉様。近頃中央の国の王都で出回っているコレについて何か知りませんか?」
ルーカスが懐から取り出したのは、小瓶に入った飴のような塊だった。
「知っていたところで言わないわよ。この裏切り者! 元はと言えば、あんたが……!」
「なるほど、やはりあなた絡みでしたか。余計なこと、しないでくださいます? 僕が中央の国に居づらくなるじゃありませんか」
私はルーカスに問いかけた。
「その塊はなんですか?」
「北の国で開発された薬ですよ。痛み止めとして使えますが、依存性が高く危険なものです。最初にこれを考案した姉は『アヘン』と呼んでいますね。材料は余所から買っていますが、これを作れる技術を持つのはうちの国だけです」
「……!? やばい薬じゃん!」
私が叫ぶと、ルーカスが興味深そうに見つめてきた。
「やっぱり、あなたは不思議な知識をお持ちのようだ。これがなんなのか、よく知っている様子……そこにいる姉と一緒ですね」
漆黒の目から逃れるように、私は顔を逸らす。
そんな私を庇うように、リカルドが前へ進み出た。心強い……
「ルーカス。さっきからなんの話をしているのか、俺にもわかるように言ってくれ。あと、他人の家を勝手にうろつくな」
「すみません、リカルド。ですが、あなた方がこの女を匿っているのが悪いのですよ」
「偶然発見したんだ。北の国の状況を聞くため、監視も兼ねてここで彼女たちを保護していた。黙っていたのは謝るが、ヴィーカ王女が生命の危機にさらされていると主張するものでな」
「……北の国の状況ね。こうなったら隠していても仕方がありません」
リカルドに歩み寄ったルーカスは、驚愕の内容を告げた。
「その北の国の命令を受け中央の国内で動いていたのが、僕と姉のヴィーカです。当初、北の国の国王は、僕たちで手を組んで中央の国を弱体化させるよう命じていました。ですが、それは無理な話です。僕ら兄弟は、幼少期から互いに争うよう育てられたのですから」
北の国では次の王位を手にした者が兄弟を好きに出来る。
そして、王が位を譲り渡すのは、最もたくさん手柄を上げた子供だということだ。
皆、生き残るため王位を手にしようといつも競っているらしい。
「大前提として、僕と姉は意見が合わなかった。だって、僕には『父王の命令に従い、中央の国を侵略する』意思なんてなかったんだから」
ルーカスは、リカルドを見つめながらそう口にした。












