183:王女殿下、衝撃を受ける(アンジェラ視点)
私――アンジェラは、二人の黒子メイドを引き連れ城の廊下を歩いていた。
息抜きのため、東の庭へ出ようと思ったのだ。
エミーリャは、彼の兄セルーニャと一緒にお忍び街歩きに出かけてしまった。
(べ、別に、気にしていませんけど! 同行したかったなんて、これっぽっちも思っていませんけど!)
町歩きに慣れないアンジェラの外出となると、どうしても大がかりなものになってしまう。
それに兄弟仲良く出かけているところに水を差すほど野暮ではない。それだけのことだ。
午後の温かい光が庭を照らし、近くのベンチに腰掛けた私は少しだけウトウトする。
最近は勉強に熱が入り、どうしても疲れてしまうのだ。
(領主の妻になるのですもの。しっかりしなくては)
ブリトニーに出会い兄と仲直りしてからずっと、私は王女としての勉強に励んでいる。
ずっと、どこか他の国に嫁がされるものだと思っていた。
けれど、中央の国は運良く余所から王子が婿に来ることになった。
しかも、どういうわけか南の国の王子に好意を持たれているようだ。
初めはからかわれているだけだと思っていた。本気にしてのぼせ上がっても、後々恥をかくだけだと。
彼――エミーリャは、私を照らす光のような人間だ。
ひたすら明るく大人で、余裕のない私をそのまま受け止めてくれる相手。
そんな婚約者に絆されないわけがない。
悶々と彼のことを考えながら、私はベンチから立ち上がった。他人の目につく場所で居眠りなんて出来ない。そんなのは王女失格だ。
(……そういえば、メリルが庭で眠っているのを数回見かけたことがありましたわね。いいえ、あの子は例外ですわ!)
私は第一王女としてしっかりしなければならない。
再び廊下に戻ると、エミーリャ付きの使用人を見かける。彼の従者や使用人は服装が違うので、すぐに見分けられるのだ。
少し気になり、彼らの様子を窺う。なにかエミーリャの話が聞けるかもしれない。
幸い向こうは私の存在に気づいていなかった。
距離が近づくにつれ、話し声も聞こえてくる。
「それにしても、セルーニャ様は本当にエミーリャ様を連れ帰る気なのだろうか」
「あれは本気だろう。大事な大事な弟が、北の国と中央の国のゴタゴタに巻き込まれるんだぜ? 詳細は知らないけど……」
「本国にいた頃から兄弟思いの方だしな、セルーニャ様は」
「だとしたらエミーリャ様は、本当にここを去ることに……」
使用人たちの話を聞いた私は、思わず足を止めた。彼らは私に気づかず去って行く。
(どういうことなの……!? 北の国とこの国のゴタゴタは、もう解決したんじゃ……? それにエミーリャが国へ帰るって本当なの?)
混乱のあまり立ちくらみを起こした私を黒子メイドたちが支える。彼女たちにも今の話は聞こえていたはずだ。
先ほどの眠気は吹っ飛んでしまった。
「気にする必要はありません、アンジェラ殿下」
「そうです。エミーリャ殿下の口から出た話ではないのですから」
黒子メイドたちの言うとおりだ。
使用人の雑談ごときを真に受ける必要なんてない……だというのに、私の心は落ち着かなかった。
――彼を失うことが怖い。
今までこんな気持ちになることなんてなかった。
どれだけ素っ気ない対応をしても、エミーリャは自分の元から去って行かないと信じ込んでいた。
いつの間にか、いつも傍にいて当たり前の相手になっていたのだ。
こんなに不安に思う日が来るなんて……
(モヤモヤしたままなのは、私らしくありませんわね。エミーリャが帰ってきたら確認してみましょう。私を不安にさせるなんて許せませんわ!)
私はエミーリャの帰りを待つことにした。
「少し一人にしてくださる?」
傍らの黒子メイドにそう告げた私は、心を落ち着けるため城内を散歩することにした。
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