180:少女漫画がとんでもないことになっていた
ノーラの来た数日後、いよいよ体調が回復したヴィーカに話を聞く機会がやってきた。
家具を運び入れた地下室を訪れる私とリカルドは、椅子に腰掛けて王女の話を待つ。
薄暗い部屋の中、新しく差し入れたドレスに身を包んだヴィーカは、寝台の上で大胆に足を組んでいた。
「そんなに見られたら緊張するわね。とりあえず、前にした話の続きを言うわよ」
「お、お願いします」
そう言うと、ヴィーカはゆっくりと口を開いた。
「国王、王太子共に死亡。国境のハークス伯爵家は、優秀な北の伯爵の死亡とブリトニー処刑の煽りを食らってガタガタ。オマケに暫定領主は馬鹿丸出しの出戻り伯爵と来た。しかも、国内貴族たちも不仲で半分に割れていて、まとまりが皆無……ここまでは話したわよね」
勢いよく喋り出すヴィーカに圧倒され、私はコクコクと無言で頷いた。
リカルドはとんでもない情報を怒濤の勢いでぶつけられ、何も言えないでいる。
彼には事前に続編の内容を話していたので思考停止には陥っていないが、やはり驚いているようだ。
「予想は出来ているでしょうけれど、この後は北の国が本格的に中央の国へ押しかけて来るわ。ハークス伯爵領は易々と突破され、ミラルド事件で傾いていたアスタール伯爵領も無事通過。その後も順調に進んだ軍勢は王都に侵入。ここでメリルとぶつかるわけよ」
「……なんか、少女漫画なのに戦記モノみたいなんですけど」
「あら、北の国が侵攻している間に、城の中ではドロドロの三角関係が繰り広げられているわよ。主人公メリルを奪い合う北の国と南の国の王子たち。他の貴族なんかも恋に乱入して、相変わらず嫌味なくらいモテモテなのよねぇ。読む方としては、それが楽しかったんだけど」
ヴィーカの話を聞けば聞くほどに、「それって純粋な恋愛じゃないのでは」という疑問が浮かんできてしまう。
(なんというか……メリルの伴侶になった方が、次の中央の国を手に入れられる的な?)
色々と思うところはあるけれど、私はヴィーカの話の続きを待つ。
彼女を全面的に信じる気はないけれど、もし情報が本当だとしたら中央の国を守るのに必要だ。
(少女漫画とは状況が変わってきているから、参考程度に……だけど)
私は、ヴィーカに続きを促した。
「それで、メリル殿下はどうなったんですか?」
「南の国の軍勢を借りて北の国と戦うの。途中で北の王子と南の王子は戦死ね」
「ええっ!?」
まさかの展開に、私の声が裏返る。
「多くの犠牲を払った上で、中央の国はなんとか勝利する。『メリルと王宮の扉』は第三部……東の国と西の国編へ入るわ」
「まさかの新章!?」
「残念ながら、私が知るのはここまでね」
そう言ってヴィーカはそっと目を伏せた。
「一つだけ聞かせて。ルーカス様は、私たちの味方だよね?」
「ルーカス? ああ、あいつは……」
ヴィーカは小さく息を吐きつつ私を見つめる。
「あいつは、本国の手先よ」
隣でリカルドが息を呑むのがわかった。彼はルーカスと仲が良いのだ。
私も少し混乱している。
ルーカスとヴィーカ……どちらを信用するべきか。どちらも信用するべきでないか。
病み上がりだからと従者のジルがヴィーカを庇い、私たちに退出を促す。
それ以上長居することも出来ず、私たちは地下を後にした。
「リカルド、あの……」
友人が北の国の手先だと言われ、リカルドは心中穏やかではないだろう。
「ルーカスは、そんな真似をするやつじゃない……そう思いたい。俺はあいつをよく知っているけど、平気でそんなことをする人間には見えないんだ」
「まだ、彼が本当に北の国の命令を受けて動いていると決まったわけじゃないよ」
けれど、裏でルーカスが暗躍しているとしたら大変だ。
思い悩んでいると、メイドのマリアがエミーリャからの手紙を持ってきた。
「これは……」
手紙に目を通した私は、リカルドに目を向ける。
「リカルド、一緒に来て欲しいの。セルーニャ様がこの国の王宮に到着したみたい」
南の国の第二王子セルーニャは、エミーリャの兄で前世の記憶を持つ人物だ。少女漫画にも詳しい。
「彼の話も聞いてみようよ」
「ああ、そうだな」
私たちは、二人で王宮へ向かう準備を始めた。












