176:因縁の顔合わせ
事故物件の地下の部屋から現れたのは、北の国の元王女、ヴィーカだった。
ヴィーカは、少女漫画続編の悪役令嬢で、中央の国侵略をもくろむ残忍な王女。
最期には下克上で消えるという。
そんな未来を回避したい彼女は記憶が戻るのが遅く、ミラルドの件で責任を問われ、北の国から中央の国へ引き渡されることになる。
しかし、その途中で何者かに襲われたので、やむなく王都で身を隠していた。
世間的には行方不明ということになっている。
以前、一度市場で会ったものの、情報を聞き出す間もなく別れてしまった。
そんな彼女の潜伏先はここだったのだ。
倒れている背の高い人物は、ヴィーカの部下だろうか。
私が殴ったせいで、気を失っている……
「ごめんなさい、急に出てきたからビックリして……この人、殴っちゃった」
「大丈夫よ。荒事担当ではないけど、令嬢に殴られて気絶なんてヤワな奴だわ。それで、どうしてあなたが、こんな場所に? 私に会いに来たの? 簡単に潜伏先を割り出されるなんて、そろそろ引っ越した方がいいかしら」
「ここに来たのは偶然なんです。実は、王都で屋敷を探していて……田舎者だから足下を見られたのか、事故物件に案内されちゃって」
「ふぅん、この屋敷なら人が寄りつかないし、いい潜伏場所だと思ったのに。度々物件見学に来られちゃあ、たまんないわね」
ヴィーカは、私を奥の部屋に案内した。
一番奥の部屋の中は明かりが灯っており、簡素だが寝台と毛布が置かれている。
彼女はここで、侍従と二人で暮らしているそうだ。
そう、私が伸してしまったのは、彼女の忠実な侍従だった。彼はジルという名前で、北の国からヴィーカについてきたらしい。
罪悪感を感じたので、私が彼を寝台まで運んだ。
フードを取ると、銀髪を染めたと思われる淡い茶髪を後ろで一つに結んだ、線の細い青年が現れる。
「ヴィーカ様、前に言いそびれてしまったのですが……私はあなたを保護したいと思っています」
「保護? 私を?」
「事情を知っている私なら、いい感じにごまかせると思うんです。誰も、ハークス伯爵家の者が北の王女をかくまっているなんて思わないでしょう?」
「それは、そうだけれど。簡単に私を信用していいのかしら?」
「ただでかくまうわけじゃありませんよ。あなたの知っている情報を全部教えてください。もちろん、前世のことも含めて」
これからの私の身やハークス伯爵領の安全を考えると、彼女からなるべく多くの情報を得ておかねばならない。
けど、今は……
(とりあえず、一旦リカルドのところに戻ろう)
ヴィーカに少し待ってもらい、私はリカルドを呼びに行った。
(地下を連れ歩くのは可哀想だけれど、事情を知ってもらった方がいいよね)
一度一階に出て案内役にその場で待機してもらい、「見せたいものがある」と言い、リカルドを伴って地下へ向かう。
正直言って、リカルドにヴィーカを接触させてよいものか迷った。
ヴィーカは、ミラルドを唆して内乱を起こした主犯だ。
記憶が戻り、途中で軌道修正したにしても、彼女のやったことは変わらない。
けれど、これからの自分たちや国の安全を考えると、やはりヴィーカとの話し合いは避けられない。そこで、リカルドを外すという選択はなかった。
「ブリトニー? 一体何なんだ? 見せたいものって?」
私は言葉を選びながら慎重に答える。
「北の国の逃げた王女様と従者が、この建物の地下に潜伏していたんだ。噂の幽霊は、彼女たちかもしれない。一度、会ってもらいたくて」
リカルドは周囲を警戒しながら廊下を進んでいた。
幽霊が怖いのもあるかもしれないが、ヴィーカたちの行動を心配しているのだろう。
「その王女、こちらに危害は加えないんだな?」
「うん、大丈夫だと思う。さっきも普通に話をしただけだし、強そうには見えなかった」
幽霊と間違えて従者を撃退してしまったが、二人とも戦えるタイプには見えない。
他に仲間がいるかの洗い出しは、これからしなければならないけれど。
「できれば、ハークス家でこっそり保護できればと思うんだ」
「……まずは会ってみよう」
一番奥の部屋に着くと、石の床に座ったヴィーカとジルが待機していた。
「ヴィーカ様、私の婚約者のリカルドです。リカルド、こちらがヴィーカ王女と従者のジルさん」
互いに挨拶をした後で、ヴィーカがまじまじとリカルドを見た。
二人の間に緊張が走る。












