173:お姫様抱っこがばれていた
飛ばしてアップしていたので前半追加しました。
幼い日のマーロウとエレフィスの話を聞いて、私は事の成り行きを理解した。
エレフィスに悪気はなかったが、行き違いがあったのだ。
どちらかというと、エレフィスはマーロウに好意を持っていて、彼が婚約から逃げることを気にしていた。
(とっても余計なお世話かもしれないけれど、二人の誤解を解きたいな)
行き違いを解決したからといって、婚約に発展するということはないだろう。
だが、このままではエレフィスが気の毒に思えてしまう。
「エレフィス様、マーロウ様に本当のことを伝えましょう」
「急に何を言い出すのですか、ブリトニー様」
「このままでは、お二人にとって、あまりにも……」
「もういいのです。全ては手遅れで、私と彼の間には何もありません」
「これ以上失うものがないのなら、伝えてみてもいいと思うのです。強要は出来ませんが、エレフィス様が悲しそうに見えて」
「そうね。どう転んでも、これ以上彼との関係が改善されることもないのだし。最後に伝えるのもいいかもしれませんわ」
「え、最後って?」
「決めました。私は、適当な相手と婚約します。未練たらしく独身でいましたが、今日の言葉を聞いて決心が付きました。ブリトニー様、手伝ってくださる?」
「はい、もちろん。ですが……」
「いいのよ」
優しく答えたエレフィスは、決意に満ちた表情をしていた。
※
エレフィスの頼みを受け、私はマーロウを中庭へ呼び出す。「話を聞いて上げて欲しい方がいるんです」と正直に告げると、彼はいつものように微笑んで承諾してくれた。
しかし、中庭にエレフィスの姿が見えると、僅かに目を泳がせ始める。
「えーと、ブリトニー?」
私は彼を中庭へ引っ張ると、強引にエレフィスの隣に座らせた。
「それでは、私はこれで……」
「ええっ!?」
驚くマーロウを残し、そそくさと退散する。
そうして、影ながらエレフィスとマーロウが仲直りできることを祈った。
――数分後
私がこっそり様子を見に戻ると、二人は落ち着いた様子で並んでいた。
どうやら、誤解は解けたようでホッとする。
中庭で語らうマーロウとエレフィスを、私は廊下からそっと見守っていた。
仲直りして微笑み合う二人は、以前のような友人関係に戻り、いい雰囲気になっているように感じられる。互いに送り合う眼差しは、優しい温かさを帯びていた。
「あの時、あの言葉がとてもショックだったのは、他でもないエレフィスに言われたからだったんだと気付いた。君とは、とても仲が良かったから」
ぽつりぽつりと語るマーロウの言葉に、頬を染めたエレフィスは黙って耳を傾けている。
(そろそろ退場しよう……)
これ以上聞き耳を立てるのは、野暮というものだ。
踵を返した私は、足音を立てないよう廊下を後にした。
そのまま、特に行く当てもないので、エレフィスが戻るまで近くをぶらぶらと歩き回る。
(あの雰囲気だと、もう少し時間がかかりそうだよね。二人が仲良くしているのはいいことだし、私は邪魔にならないように待っていよう)
しばらく歩き回った後、私はエレフィスがいた部屋に戻ったが、彼女はまだ帰ってきていない。
室内のほどよい温かさや、最近の疲れもあり、私はうとうと舟をこぎ始める。
無意識に独り言が漏れた。
「今まで、どこか無条件に痩せなきゃと思っていたし、エレフィス様にもそれを強要してしまったけれど……それは違っていたのかも」
元はといえば、アンジェラからの頼みで始めたことだが、私自身も「太っていれば無条件に不利益を被る」という思いから、彼女のダイエットに手を貸すと決めていた。
けれど、彼女は自らの意志を貫き通して好きなものを食べ、運動を拒否し、それでも後悔せず、マーロウとの幸せな未来を望んで最初の一歩を踏み出し始めている。
「こういう幸せもあるんだなぁ……」
空回りした感もあるけれど、エレフィスが幸せそうなら、それが一番だ。
もう、私は必要ないだろう。そば粉などを使ったメニューや和食は、別の機会に活かせばいい。
瞳を閉じ、ボフンと長椅子に横になると、上から声が降ってきた。
「俺は、太っていても痩せていても、どのブリトニーも好きだ」
「へ……? って、ええっ……!?」
慌てて半身を起こすと、目の前にまさかのリカルドが立っていた。
オレンジ掛かった金髪をサラリと揺らしながら身を屈ませたリカルドは、私に目線を合わせて柔らかく微笑む。
そんな彼の表情を見るだけで、私の胸は高鳴った。そして、告げられた言葉も嬉しい……
「あ、ありがとう」
ぎこちなくお礼を言った私は、少し前に彼が酔って倒れたことを思い出す。
「リカルド!? 体調は大丈夫なの!?」
「ああ……なんともない。心配をかけてすまない」
ハークス伯爵領でもまれている彼は、確実に強くなっている。主に、体力面で。
「あのっ、どうして、ここに?」
「ブリトニーと少しでも長くいたいから。また、侯爵家へ戻ってしまうのだろう? セルーニャ殿下がいらっしゃるタイミングで再会できると思うが……婚約しているのにずっと会えないのは、なかなか辛いものがある」
「それなんだけど……案外早く帰れるかもしれない」
侯爵令嬢エレフィスのダイエットが中止されれば、私が王都にいる理由はなくなる。
「エレフィス様、ダイエットを止めるかもしれないんだ」
「えっ?」
「そうしたら、私が侯爵家にいる理由もなくなるんだよね。諸々の都合で、王都にいた方が便利かもしれないとは思うけど」
ヴィーカ王女の件や、王都の様子を把握しておくには、城の近くにいた方がいい。
「実は、明日から王都内でリュゼがピックアップした物件を回る予定なんだが……ブリトニーも来るか?」
「えっ、いいの?」
「一日では見て回れないと思うが、ブリトニーも使う建物だし、出来れば意見を聞きたい」
「予定はまだわからないけど、出来れば行きたいな」
リカルドを見て微笑むと、彼は自然な動作で腕を伸ばす。
「はぁ、好きだ、ブリトニー」
私もおずおずと手を伸ばして、リカルドに触れる。こういう場面では口下手だが、自分なりに精一杯好意を伝えたいと思った。
「……わ、私もリカルドが好き。もし、太っていても好き!」
「嬉しい。俺も、鍛錬で領地の兵士たちを投げ飛ばすブリトニーも……お、男をお姫様抱っこするブリトニーも好きだ」
「へっ……?」
彼の言葉で、私は我に返った。色々と駄目な部分がバレている。
リカルドは、酔っていた間の記憶もしっかり残っているタイプの酔っ払いのようだ。
恥ずかしがっているようで、わかりやすく顔が赤く染まっている。
「情けない姿を見せてしまった。面倒を掛けてしまって、色々すまない……が、あの時言った言葉は本当だ。俺は、本当に、ブリトニーを可愛いと思ってる」
さらに二人の距離が近づき、午後の光に解けるような優しい声音でリカルドが囁く。
嬉しい気持ちと面映ゆい気持ちが混じり合い、私はぎゅっとリカルドの上着を掴んだ。
自然と彼の唇が下りてきて、私に触れた瞬間……
「ブリトニー様、お待たせしましたわ……って。あら、ごめんなさい、お邪魔でしたわね」
顔を真っ赤にしてドアの前に立つエレフィスが、二人の行動を急停止させた。












