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転生先が少女漫画の白豚令嬢だった  作者: 桜あげは 
17歳

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172:お菓子王子の真実

 リカルドを運んだ後、私はエレフィスが城に来ていることを知らされた。

 私を迎えに来てくれたようなので、彼女に会うため用意された部屋に向かう。

 客室の一つで、エレフィスは所在なさげに長椅子に座り込んでいた。

 ぐったりと腰を下ろす彼女の下で、クッションがUの字に大きく沈んでいる。


「エレフィス様、迎えに来てくださったんですね」

「ええ。少し歩いたから、疲れてしまったわ」

「わざわざ、すみません。少し休憩してから帰りましょう」


 伝えるべきことは、全部伝えた。それ以上に今出来ることは少ない。

 私はエレフィスと侯爵家へ一旦戻ることにする。

 二人で休んでいると、何やら部屋の外が騒がしくなった。足音と口論が聞こえてくる。


「ですからっ、早急に婚約を……!」

「くどい! 父上はご健勝だし、私は焦っていないんだ」

「しかし、あなた様がご婚約されないことには、アンジェラ殿下やエミーリャ殿下のご結婚も遅れることとなります」

「先にすればいいじゃないか。いちいち俺のせいにするのは止めろ」

「王太子殿下を差し置いての大々的な結婚は……」


 知っている声が聞こえてくる。

 話し声の主はマーロウ、一緒にいるのは大臣の誰かかもしれない。


 王太子マーロウの結婚は慎重に行う必要もあり、まだ婚約者はいない。

 けれど、この世界の男性は三十代での初婚など普通にあり、まだまだ余裕でいられる。

 もっとも王族は、この方針から若干外れており、大臣などは焦っている……と、以前マーロウ自身が漏らしていた。

 彼の婚約問題は、まだまだ解決しないらしい。

 部屋の中に私たちがいることに気付いていないのか、マーロウたちはそのまま話を続けている。


「有力候補の方々をリストアップしましたから……」

「大臣、余計なお世話だと言っている。もう少し待ってくれ」

「事情は分かっておりますが、そうはいきません。ほら、侯爵家のエレフィス様なんてどうです?」


 話が急に自分のことになったせいか、エレフィスが気まずげに視線を彷徨わせている。

 それでいて彼女は、話の展開を気にしているようだった。


「ほら、彼女でしたら家柄に問題はありませんし、マーロウ殿下のお好きな体型でしょう?」


 大臣は、エレフィスを推している模様。

 しかし、マーロウは静かに大臣の意見を否定した。


「彼女だけは、ありえない。絶対に……」


 豪奢な部屋の中に落ちる、気まずい沈黙。

 もぞもぞとソファーカバーを弄りながら、エレフィスの様子を横目で窺うが、特に変化はないようだった。


 しばらくして、外からの物音は聞こえなくなった。

 マーロウと大臣は去ったらしい。

 そして、エレフィスがドスッと音を立てて立ち上がった。


「すみません、ブリトニー様。少し用事を思い出しました。すぐ戻るので、待っていてくださる?」

「へ? あ……」


 答えあぐねている間に、エレフィスは体の向きを変えてのしのしと歩き、部屋を出て行ってしまう。

 私は声もなく彼女を見送ってしまった。

 エレフィスの横顔が、なぜか酷く辛そうに見えたからだ。


(もしかして、エレフィス様は、マーロウ様のことを好いているんじゃ……?)


 だとすれば、一向になびかないマーロウの反応や、彼の今の言葉は彼女を深く傷つけただろう。


(それに、エレフィス様が色々理由を付けて痩せないのって……まさかね)


 ともかく、彼女を追いかけようと決めた私は、客室から外に出た。

 広い廊下には誰もおらず、窓からは午後の光が差し込んでいる。エレフィスは、まだ遠くへ行っていないはずだ。


 階段を降りると、ふらふらと庭へ出て行くエレフィスの姿が見えたので、急いで後を追う。

 あんな顔をしている彼女を、放って置けなかった。

 出口は小さな中庭の一つへ繋がっているが、今はエレフィス以外誰もいないみたいだ。

 一部屋ほどしかない小さな中庭は、採光用に作られているのだろう。華美な花などは飾られておらず、中心に休憩用の長椅子が置かれているのみだった。

 どっかり腰を下ろしたエレフィスは、今にも泣き出しそうな顔で空を見上げている。

 いつも穏やかに微笑む彼女からは、考えられない表情だ。

 少し気まずく思いながらも、私は扉を開けて中庭に降り立った。

 気配に気付いたエレフィスが、ぐるりと首を回して私を見つめる。


「ブリトニー様?」

「ごめんなさい、エレフィス様。ちょっと、悲しそうにされていたから……気になって」

「ご心配を掛けてしまったようですわね。申し訳ありません」

「いいえ。こちらこそ、勝手に追いかけ来てしまって……あの、エレフィス様はもしかして、マーロウ殿下のこと」


 ためらいがちに問いかける私を見て、エレフィスは小さく吐息を漏らした。


「あんな場面を見られてしまったからには、隠していても仕方がありませんわね。ええ、そうですわ。私は幼少の頃からマーロウ殿下をお慕いしております。ですが、彼から相手にされていない……それどころか避けられていることは理解しているのです」


 やはり、エレフィスはマーロウのことを憎からず想っていたのだ。

 だとすると、私の存在はさぞ面白くなかったことだろう。

 想い人の前に突然現れた謎のデブ。その正体は、貧乏伯爵家の駄目令嬢。


 王宮側はマーロウが私に求婚したことを隠しているが、近しいものならば彼の普段の態度から察するものがあったはずだ。もっとも、それを公に言うようなことはしないだろうが。

 きっと、エレフィスだって、薄々勘付いている。

 その上で普通に接していてくれたのだから、出来た令嬢だ。


「昔は、こんな風ではなかったのに……」


 俯いたエレフィスは、当時のことを語り始めた。誰でもいいので聞いて欲しいという風だったので、大人しく彼女の横に腰掛ける。


「私とマーロウ殿下は、幼なじみだったの。昔は、一緒に城で遊んでいたわ。当時はアンジェラ殿下よりマーロウ殿下と親しかったのよ」


 当時のアンジェラは暗黒時代だったはずだ。下手に手を出さないのが身のためである。

 その辺り、エレフィスは上手く立ち回っていた。


「私が喜ぶからと、彼は頻繁にお菓子をくれてね。いつも、それが楽しみだった」


 僅かに、だが確実に罪悪感が募っていく。

 かつてのエレフィスの居場所を、私は知らず奪っていたのだ。

 そして同時に知った。

 マーロウがお菓子を配りたがるのは、幼少期の彼女の影響だったのだと。


「ある日、私は彼の秘密の部屋に招待された」

「秘密の部屋?」

「当時のマーロウ殿下には、両親にも臣下にも黙っていた趣味があったのよ。でも……」


 そこまで言ったエレフィスは、急に沈んだ声になる。


「私のせいなの。私が不用意なことを言ったせいで、マーロウ殿下を深く傷つけてしまった。彼はその傷を今も引きずっていて、私は少しずつ距離を置かれて……以前のようには戻れなくなってしまったのよ」

「エレフィス様……」

「悪意があったわけじゃないの。ただ、なんとなく思ったことを口にしただけ。『まるで女の子みたいですわねえ』って。それも、マーロウ様の趣味に対してのことじゃなかった」


 それは、過去にアンジェラが教えてくれた話と似ていた。

 彼女は、エレフィスが、マーロウの趣味を女々しいと口にしたのだと教えてくれたのだ。

 でも、今目の前にいるエレフィスは、マーロウの趣味に対して『まるで女の子みたいですわねえ』と言ったわけではないらしい。

 私は、話の続きを促すことにした。


「……と言いますと?」

「彼の態度に対して言ったのです。自分の好きなことに対して、周囲の顔色をキョロキョロと窺って。好きなら好きと堂々としていればいいじゃない。女々しいわ……という意味だったのですが。どちらにしろ駄目ですわよね。彼を否定してしまって」


「当時は幼く、言葉も足らず。どうしたらいいのかオロオロしているうちに、彼との溝は深まってしまったのです」


 マーロウは、今でもずっとそのことを引きずっているのだろう。

 ある意味、エレフィスの女々しいという言葉は当てはまっている。


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