171:思いがけないお姫様抱っこ
食事も終わるというところで、グラスに入った透明な液体が運ばれてきた。
「これは……?」
尋ねると、エミーリャが謎の液体の説明を始める。
「ブリトニー嬢は、知っているかもしれないけれど。これは、うちの兄が開発した、米から作り上げたお酒だよ。気に入ってもらえたら、ホットワインのお礼に渡そうと思って」
「ありがとうございます、いただきます」
南の国で採れる米を作ったお酒(匂いを嗅いだ限りでは、日本酒だと思う)を、リュゼが興味深そうに眺めている。
リュゼもリカルドも、すでに成人している。私も社交デビューと同時に成人したと見なされているので、お酒は飲んでも大丈夫だ。
(あ、でも、リカルドは、お酒を飲めないんじゃ……)
心配して隣に座るリカルドを見る。確かルーカスが、リカルドはお酒に弱いと言っていた。
「ねえ、リカルド……」
無理をしないように、声を掛けようとしたのだが、リカルドはそれよりも早くグラスに入った液体を飲み干した。
(ちょっと、リカルド!? 大丈夫なの!?)
慌てて彼の顔色を窺ったが、特に変わった様子は見られない。
(ルーカスが、話を盛ったのかな?)
リュゼは日本酒が気に入ったようで、美味しそうに飲んでいる。
ハークス伯爵家の血筋はアルコールに強い。
祖父やリュゼはザルだし、私も普通にお酒を飲むことが出来るのだ。最近は、リュゼと共に私も新作のお酒の試飲などを行っていた。
ホットワインやシャンパンなど、目新しい製品を作る際には、既存のものを知らないリュゼでは対処しづらいからだ。
しかし、なんだかんだでリカルドに試飲を頼んだことはなかったので、彼が本当に少量のお酒で酔ってしまうのかは知らない。
じっとリカルドを見るが、特に変化はないようで普通に座っている。
「えっと、リカルド……大丈夫?」
「ん、何がだ?」
やっぱり、私の杞憂だったようだ。リカルドは普通に食事を続けていた。
その後、リュゼとエミーリャは、酒の取引に関する話し合いのために席を外し、私とリカルドだけが部屋に残された。
食事をしていた部屋を出て、別室でリュゼたちを待つ。今度の部屋も、オリエンタルな雰囲気に統一されており、ふかふかの絨毯の上に沢山のクッションが敷かれていた。事前に靴を脱ぎ、地べたに座るタイプの部屋のようだ。
クッションを背もたれにして座り、リカルドと話していたのだが、どうも彼の様子がおかしい。なんだかふらふらしているし、ろれつが怪しいのだ。
「リカルド、大丈夫? もしかして……お酒に酔ってる?」
ルーカスに言われた言葉が蘇る。
私は、ソワソワしながらリカルドの様子を窺った。やっぱり、お酒を飲ませるべきではなかったのだ。
「あの、リカルド?」
呼びかけに応じたリカルドの焦点が、徐々に私に定まっていく。そして、彼は蕩けるような笑みを浮かべて口を開いた。
「大丈夫に決まっているだろう」
堂々とそう口にした瞬間、リカルドは体勢を崩し私の方へと倒れてくる。
「うわっ!」
不意打ちを受け止めきれずに、私は背中からクッションにダイブした。目の前にはリカルドの宝石のように透き通った緑の瞳がある。
下敷きになった私に向け、リカルドは優しく目を細めて囁いた。
「ブリトニーは可愛いなぁ」
「へあっ!?」
普段の彼らしからぬ雰囲気に、私は困惑して体を硬直させる。
「可愛い、本当に可愛いなぁ……」
そう言いつつ、リカルドの指が伸び、私の唇をすっとなぞった。
(ひゃあ〜!)
一体、リカルドはどうしてしまったのだろう。思いがけない彼の行動に、どんどん私の鼓動が早くなっていく。
トロンとした目で一心にこちらを見つめたリカルドは、私の頭の両側に手をつき、徐々に迫ってきて……
(きゃあ、もう駄目〜!)
……そこで、突然意識を失った。私に覆い被さったまま、ピクリとも動かない。
「あ、あれ? リカルド、リカルド? リカルドさーん?」
返事はない、ただの酔っ払いのようだ。
(びっくりした……)
私は停止していた頭を働かせ、どうしたものかと悩む。
とりあえず、彼を部屋に運んだ方がいいだろう。
少し考えた末、私は彼を横抱きにして持ち上げた。
(うん。少し重いけど、普段鍛えているから大丈夫かな)
幸い、リカルドの部屋は少し歩けば行ける距離にあったので、廊下を進んで彼の宿泊している部屋の扉を開け、リカルドをベッドに下ろす。
意識をなくしているが、安らかに眠っているようだ。
(それにしても……あんな甘いリカルドは、初めて見たかも)
酔っているときの彼の仕草を思い出すと、恥ずかしくて顔から湯気が出そうだ。
リカルドの部屋から出ると、リュゼが神妙な顔をして立っていた。
「ブリトニー、エミーリャ様との話を終えて戻る途中に姿が見えたんだけど……リカルドをお姫様抱っこしていたことは、本人には言わない方がいいかもね。きっと、彼が知ったら平常心ではいられないだろうから」
彼は同情するような視線を部屋の中へ送り、小さくため息を吐いたのだった。












