165:白豚令嬢、他人のダイエットを手伝う
ケビンとの事業もいい感じに進められそうなので、合間にアンジェラの依頼をこなすことにする。
馬に乗った私は、王都にあるエレフィスの屋敷を目指していた。
侯爵家の大きな屋敷は、貴族たちの間でも有名な豪奢な作りで緑色の屋根が特徴的。壁には装飾を施した白い窓が並んでいる。
庭も丁寧に整えられており、規則的に並んだ花壇には淡い桃色の花が植えられていた。咲くにはまだ早く硬いつぼみだが、薔薇の生け垣も作られている。
野性的なハークス伯爵家のものとは全く趣の違う庭だった。
自分用のトランクを二つ下ろし、エレフィスの使用人たちに迎え入れられる。今日からしばらく、こちらの屋敷で滞在することになるのだ。
用意された部屋は令嬢向けに整えられており、小花柄の散ったクリーム色のカーテンやベッドカバーが可愛らしい。
今回のダイエット依頼だが、アンジェラだけではなく、エレフィスの母親であるイレイナ夫人(ノーラのお見合いを取り仕切ってくれた人)も乗り気なのだとか。「面白そうだし、私もやってみようかしら」などと口にしているそうな。
(ダイエットなんて、面白くもなんともないけどね……)
実際に体験した身としては、「楽しい」より「しんどい」が先に来てしまう。こればかりは、実際にやってみないと分からないだろう。
ちょっと運動して簡単に痩せるというものではないのだ、本当に。
今回のダイエットにあたり、私はエレフィスのためにメニューを考えてきた。
私の時は行き当たりばったりのダイエットだったけれど、何度か繰り返している内に効率の良い痩せ方も多少分かってきたのだ。あとは、実際にエレフィス本人を見て考えていくつもりだった。
しばらくすると、エレフィス本人がやってきた。
焦茶色の髪に白い肌を持つ彼女は、垂れ目がちな琥珀色の目の持ち主だ。ゆったりとしたワイン色のドレスに身を包み、上品な仕草で私に挨拶する。
「ごきげんよう、ブリトニー様。お久しぶりですね、ご婚約おめでとうございます」
「こんにちは、エレフィス様。ありがとうございます」
リカルドとの婚約の件は、まだ仮扱いなので大々的に広めていないのだが、知っている人は知っているようだった。アンジェラから聞いたのだろう。
「これからしばらく、ダイエットのお手伝いをさせていただきますので、よろしくお願いします」
そう告げたら、何故かエレフィスの表情が曇った。彼女は目を伏せながら、おずおずと告げる。
「ごめんなさい、ブリトニー様。せっかく来ていただいたのに、申し訳ないのですが……私、ダイエットには乗り気じゃないのです」
「えっ……?」
本人から予想外の言葉が出て、私は戸惑ってしまった。
「アンジェラ様や母はダイエットを勧めてくるけれど……私は痩せたいわけじゃない、太ったままでいいの。美味しいものは沢山食べたいし、運動なんてしたくない。我慢するくらいなら、今のままでいいと思ってしまうのです」
「そ、それは……」
「その代償が体型に表れていても構わないの。美味しいものを我慢する方が嫌だわ。そんなの、私らしくないもの。今回はアンジェラ様の提案を断り切れなくて、あなたに来て貰ったのだけれど……悪いことをしたわね」
「いいえ……」
「ブリトニー様の面子もありますし、ひとまずダイエットに励みます。けれど、もしその後体型が戻っても、気に病まないでくださいね」
なんと言うことでしょう。
(エレフィス様ご本人にリバウンド宣言をされてしまった)
そして、彼女はダイエットに全く乗り気でない様子。
(意思の強さが大きく関わるダイエットで、これは厳しいかもしれない)
痩せるためには、ある程度の運動が必要だし、食事も多少制限しなくてはならない。
侯爵令嬢エレフィスのダイエットは、前途多難だった。
※
翌朝から、エレフィスのダイエットが始まった。
運動できる軽装に着替えた彼女に、まずは簡単な筋トレをしてもらう。肘を床に九十度につき、つま先で体を支えるだけの運動だ。
「とりあえず、三十秒を三セット頑張ってください。一、二〜、三〜……」
「うっ、くっ……」
エレフィスは真っ赤な顔をしながら頑張っている。しかし、十秒で潰れた。
「あと二十秒頑張れますか?」
「……無理」
なんとか続けようとしたエレフィスだが、潰れながらの一セットしか保たなかった。
「じゃ、じゃあ……スクワットならどうですか? このくらいまで重心を落として」
私は見本を見せつつ、エレフィスを指導する。しかし、エレフィスは体を支えることが出来ず、後ろ向きにコロンと尻餅をついてしまった。
(……うーん。私の時とは違う)
筋トレ自体が出来ない可能性はあまり考えていなかった。
過去に、私も運動で苦戦してはいた……けれど、あんな状態でも、ブリトニーは祖父に似て運動神経が良かったのだ。
太陽の光を浴びない引きこもりのモヤシ系肥満でも、ランニングですぐにバテていても、簡単な筋トレはもう少し出来ていた。
「次は、横になってゆっくり腹筋運動にしましょう」
「ええ、それなら出来そうね……」
しかし、腹筋も数回でバテてしまい、エレフィスは床に伸びてしまった。
「大丈夫ですよ、エレフィス様。少しずつやっていけば、出来るようになりますから」
私は懸命にエレフィスを励ます。自分も、ダイエットなんて大嫌いだったのだ……彼女の気持ちは分かる。












